「おめとこそろそろ赤子さ生まれんけ」
「んだ、ててはおどごがいだも、おらどちでもええ。めんこばええ」
肩に風呂敷を負いながら、恵の足取りは軽やかだった。
父親が男手を欲しがるのは当然のことだが、恵にとっては初めての赤ん坊。嬉しくて嬉しくて寝ても覚めても赤子のことを考えていた。
かかに似て優しい顔をしているか、ととのように強く芯のある子供となり我が家を盛り立ててくれるか。考えればきりがない。
そんな恵だったから動けない母に代わって家の事をするなど苦にもならなかった。
「ただいま!今、飯作っど!牛の乳貰って来ただよ!」
今日は、名主は驚くほど機嫌が
よく、母胎に滋養の良い牛の乳を渡された。
「もうそろそろだべ?五体満足でありゃええ。かさまにもよろしくな。ええこをいや、善き子をな、と伝えてくんね」
そう言って乳を渡す名主に多少の違和感を覚えたが、いかんせん子供の事。すぐに忘れてしまった。
母は恵は気がついてないようだとほっとため息を付きお腹を擦る。
このお腹の子はどのような運命を辿るのかと気が気ではなかった。
先日、村中の大人が同じ夢を見、以来村人はこの家を、いや、お腹の子に対して上にも下にもおかない対応をしている。
はっきりと言えば、どうしていいかわからないのだ。
この村、いやこの国(今は都)には禁忌の土地がある。大人も子供もめったやたらに立ち入ってはいけない場所。そこには土地神がおり、村から選ばれた娘が神の嫁となり神の世話をしながらその一生を終える。誰がなるかはそれこそ神のみぞ知る。
赤子が生まれ出(いづる)時と神聖なる嫁の死とが重なる時、村人の夢枕に御告が下る。
それが、明日生まれ出(いづる)赤子、恵の待ち望む赤子だ。
けれど、今回の御告は不可思議なものだった。
【そのおのこ、嫁が出(いづる)まで我がもとに預けよ】
【おのこ】
初めての経験に村人は恐れおののいていた。
この村が宋するか破滅を迎えるか、すべてはそのおのこの肩にかかっていた。