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「潤君はまだあの事を引きずっています。
それはあなたもわかってらっしゃると思いますが、自ら命を絶とうとするほどの衝撃だった。
あの、優しい潤君が自暴自棄になるほどの事です、簡単にはあなたにですら心を許せないんですね。」
「でもあなたには違う。
……だから、いい機会だから教えてください。
私はあなたと潤の関係をもっと知りたい。なぜなんですか?なぜ潤はあなたにあんなに気を許しているんですか?
なぜ、私じゃダメなんでしょうか?」
そんなことを言えたのは、酔いが回ってきたせいもあったんだろう、思わず、言わなくていいことを言ってしまった。
ずっと飲み込んでいようと思っていたのに……。
二宮さんの驚いた顔に、はっとなり、
「すみません聞かなかったことに」
「そう……ですね、医師としてしか話しはしませんが、それでもいいですか?
そうでないと、自分の感情が入ってしまいます。
潤君のパートナーになれなかったやっかみが入っちゃうんですよ、未熟なものでね」
くいっとビールを飲み干すと、
「おかわりしましょっか」
と店員をを呼ぶが、その声が震えていたのを見逃さなかった。
「潤君、いや、松本さんの場合、抵抗したいのにできなかった。
唯一出来たのは、素手で窓ガラスを割ること。
これだって相手が病院に連れていってくれなければ、それで終わりです。
だからかな、かなりひどい割りかたをして手の甲から手首を回って肘近くまで傷をつけた。
手首は動脈の近くの静脈がざっくりです。
あの血液量で病院に連れていかないなんて人間じゃない。
松本さんが連れて行かれた病院で外科医をしていた私は友人の医師の『DVに逆らったんじゃないのか』と言う声を聞いてまあ、そのときは好奇心半分でしたが見に行ったんですよ。
そうしたら松本さんじゃないですか。
思わず、担当医を名乗り出た。
そしてゆっくりとこの事態に至るまでの事情を聴き、救わなければと思いましたね。
私は精神科医でもあるので、根本に在ることはすぐに気がついた。
これでは松本さんの心が壊れてしまうと。
まだ松本さんが松本さんであるうちに櫻井さんのもとに帰さなくてはと思いました。
高校の時から、親しくしてましたし、松本さんも私といつも一緒にいました。
大切な友人が壊れていく所なんて見たくない。
ふふ、まだ信じられないような顔をしてますね。
じゃあ、こう言えばわかるでしょうか?
私情を挟みますが、松本さんの事をすきでした。
あ、いや、今でも好きですの間違いか。
だから、ですよ。
彼の心をどんなことをしても取り戻さなくてはと思いました」