「あれは?」
キャップを深く被り、わざと顔に汚れを付け必死で顔を背けていた俺はその声に顔を上げてしまう。
「E13です」
途端に青ざめた顔。
今にも泣き出しそうに震える身体で、逆らえないと覚悟を決めたのか一歩動き、監視室(とは名ばかりの物色部屋)を見上げる。
「ほう、エエのを飼っているな。後は……あっちの背の低い、取り回しの良さそうな」
「L8ですね。先週入社したばかりでして……19ですよ」
「ふむ、かわええの」
「はい、では後で御前のもとへアフターヌーンティーでもお持ちさせます」
「どちらがより甘いかの。よきよき」
ペコペコ頭を下げる所長代理。
やつの舌なめずりが見えた瞬間、俺のどこかが弾ける音がした。
ふざけるな!あいつらを、あいつを汚させるもんか!
瞬間、俺はよろけたふりをして使い物にならない部品の入っている箱に突進し、レーンに全てぶちまけた。
「バカ何しやがる!」
となりの(Eの16だっけ?)がたいの良い男に殴り飛ばされた。
もちろんただでは転ばない。
吹っ飛びながらもとなりのレーンに乗り上げジタバタと身体を動かして、理路整然とならんでいた部品をぐちゃぐちゃにする。
「すんまへん、すんまへん、ごほっごほっ、風邪治りきってなくてよろけてしまったんや。すんまへん、す、すぐ直しますわ。すんまへん」
ペコペコと頭を下げながらも、よろよろ、ゴホゴホ。
小汚ない工員が、田舎者丸出しで右往左往する。
ぜって~好きじゃないだろ。
綺麗なものしか好きじゃないあんただ。
汚い帽子の下からは当然殴られ腫れた唇が見えてるだけだし、汚い作業着をさらに色々なところにぶつけてる俺は見るに耐えない虫けらみたいなもんだ。踏み潰されないだけまし。
それに……あいつのためなら……。
「すんません!すんません!おえらい様の前で、げっげっごぼっぼっ、げほげほっ」
当然のように這いつくばり土下座をする。
そして、頭を擦り付けるそのチャンスを逃さず喉に指を突っ込んで朝のパンと牛乳を吐き出した。
「うわっ!きたねえっ!」
「なにしてんだ!全清掃じゃねぇかっ!」
「レーンを停めろ!C、Gは部品を箱に戻せ!防護服身に付けろ。汚れモン、不良品には触るな。
それ以外のレーンも停めてホコリが入らないようビニールと空調を回せ」
「D~Fの10、11、12、18、19、20は不良品の袋詰め。13~16は汚れた部品の回収と汚物処理」
「お、おれっうっおれ、は、うっ、ビニールくださ、げっげっ」
「てめえは頭から水被ってきれいなるまで来るな!吐き気がすんなら部屋に行け!ってよろけてんじゃねえか。あー、E13防護服着てんな。どこにも触らせないように風呂場まで連れていけ!」
「はい!」
「す、すま……せ」
よろけながらもレーンの間を歩き、監視室の下を通れば、
「興が覚めたわ」
構内に響いた声。
「しかし面白いものを飼ってるんやな、この工場は」
そういってガラス張りの部屋から出ていくあいつ。
俺の身体を支えている耳元に、
「ありがとう」
小さな声が聞こえる。
が、こっちはそれどころじゃなかった。
俺だって完全にバレたな。
叩かれ、蹴られしつつも歩いていたが気が気じゃなかった。
とうとう、ピロートークの洗礼なのか?
……勘弁してくれ。