「大野さん、そこ、ですよね?」
ナビが目的地に到着したことを告げる。
そして、その建物を見て俺は唖然としてしまった。
どう見ても、これは・・・。
「全部昔通りなんだ。
日本に来る事が決まったときに建てた家だから、今の潤の喫茶店よりは親父が生きていた頃に近いかな。
ここにはあの子の香りも親父のコーヒーの香りもしないけれど、少しでもあの子を感じたくて無理を言って立ててもらった。
鍵は潤の名前が掘ってあるんだよ。
最後の日あの子と交換したからね」
それほどまでに潤の事。
「あ、れ?
車が停まってる?」
「そうですね。
どなたか来る予定でもあったんですか?」
身体を起こした大野さんは怪訝そうに車を見て、
「ね、車の中か扉の前に誰か立ってる?
あの距離、もう見えないんだ」
そう、俺に聞いてくる。
「いえ、誰もいませんが?」
この距離が見えない・・・病状のせいなのか?
「ごめんちょっと行ってくる・・・。
潤が居るかもしれないから、櫻井さんはここで待機してて。
・・・絵、描かせてくれる?」
『最後に潤の絵が描きたい』
さっきの声が蘇る。
ここまで潤への思いを見せられて断ることは出来ない。
「ええ、潤が良いと言えばですが」
「ありがとう。
それと、約束と言うよりはお願いなんだけど、潤に俺の病気の事は言わないで欲しいんだ。
あの子が泣くのは、俺が死んだそのときだけで良い。
泣かせたくはないんだよ。
俺が死んだら、櫻井さんが支えてくれ。
櫻井さんがいるから俺は心置きなく潤と離れられる。
最後はあいつの・・・」
何か言いかけて口をつぐんだ大野さんは、
「じゃ、頼んだよ」
そう言って建物の方へ歩いていった。
『あいつ』?