「ただいま帰りました」
若衆の威勢の良い声。下足番が出てきて、
「茶室の方で、智さまとあるじがお待ちでございます」
と、言った。
「あの・・・すぐに行きますから・・・1度部屋に戻っても良いですか?
汗をかいてしまったので、着替えをしたいのですが・・・」
ボクは下を向いたまま、
若衆の顔を見ないようにそう言って、足早に部屋に戻り、
ノロノロと服を着替えながら、さっきの若衆の言葉を反芻した。
『あるじは、あなたがたのために、
弱味を見せてはいけないお人に頭を下げられようとしています。
それはこの先のお立場を揺るがす行動です』
だから、と若衆はボクから眼を逸らした。
ボクが翔さんを諦めれば女将は下げなくて良い頭を下げないで済む。
女将を困らせるつもりじゃなかった。
立場を危うくさせるなんて考えた事も無かった。
女将に・・・もう、いいですって・・・言わなきゃ・・・。
着替える手が止まる。途方に暮れていると、ととと、と廊下を走る音がした。
「どうしたの、潤くん?おかみ、待ってるよ?」
襖が引き開けて、智先輩が呼びに来た。でも、ボクの顔を見るなり、
「どうしたの!」
って声を荒げた。