割れたグラスは、俺の左手親指の付け根のあたりから手首付近までざっくりと切り裂き、
かなり砕けていたので、傷口の中にもガラス片が残っているだろう。
「いっ!」
ぼたぼた垂れてくる血液をどうする事も出来ず、とりあえず傷口を心臓よりも上にあげるが、
腕を、肘を伝いカーペットにそのシミを残す。
「しょ・・、お、れ・・・」
自分が突き飛ばしたせいでできた俺の怪我に、真っ青な顔をする潤。
パニックを起こしだしているのか「はぁ、はぁ・・・」と荒い息を吐く。
「潤!パニック起こしてる暇なんかないぞ!」
「で、でも、でも・・・お、オレが・・・」
がたがたと震えだす潤。さっき、スタジオで見た潤と同じだ。
「潤!お前が手当てしてくれなきゃ、俺はずっとこのままだぞ!
それでも、今お前はパニックを起こして、意識を手放すのか?
お前しか俺を助けられる人がいないのに、見捨てんのか?」
少し強めに、でも、言い聞かすように潤に言うと、
ハッとした顔をした潤は「な、何をすればいい?」としっかりと俺を見た。
「まず、洗面所に行ってタオルを持って来てくれるか?
その後、マネージャーに電話をかけて、すぐに行ける病院を手配してもらう。
俺は手が使えないから、お前が全部やってくれ」
「わかった」
結局、俺は手を5針縫った。
「お酒を飲む前だったから、麻酔も使えて良かったですね」
グラスで手を切ったと言ったら、医者は笑って傷口を洗っていた。
麻酔が使えなかったらと思うとぞっとする。痛いのは勘弁してほしい。
医者が怪我の処置をしている間、潤は俺の後ろに立ち、ずっとシャツを握って離さない。
怪訝そうな医者に
「心配性なんで、このままですみません。邪魔なら出て行かせますが」
と苦しい言い訳をする。
「いや、大丈夫なんですけど・・・ティッシュ使いますか?」
「へ?」と振り返ると、潤はぽろぽろ涙を落として、それをシャツで一生懸命拭いていた・・・。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
車に戻ると、マネージャーと俺に必死に謝ってくる潤。
「もういいから」
「櫻井さん、ちょうど明日はオフですが、
この後の仕事のスケジュールはメールします。
ちょっとその怪我じゃ調整しないと駄目ですね。
チーフマネージャーにはもう連絡してありますから。
とりあえず、松本さんにお願いしてもいいですか?櫻井さんの事?」
「はい!」
「・・・良かった。じゃあ、駐車場に付けますね」
駐車場に着くと、潤が先に降りた。
その時、マネージャーが
「松本さん!ちょっとっ櫻井さんとお話させてください」
と言い潤が頷いてその場を少し離れると、後部座席の俺に向かって、
「松本さん、パニック起こさなかったんですって?
櫻井さんが着替えている時、松本さんが言ってました。
『パニックを起こしそうになったオレを、翔さんが引き留めてくれた。
もうどこに行っても何があっても大丈夫。
あんなに怖い事、翔さんがどうにかなっちゃうかもなんて怖い事以上に怖い事は無いよ。
今まで、ごめんなさい、どうもありがとう』って。
私、松本さんのあの眼を見てもう大丈夫って確信しました。
櫻井さん、松本さんの事これからもよろしくお願いします」
と、涙を浮かべて深々と頭を下げた。
潤、お前・・・ここにもお前の事をこんなに大切に思ってくれている人がいるんじゃん。