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のんさん(広島)の過去記事で「進級祝い」というのを読み直していました。
寄せられたコメントも併せて読んでみると、やっぱり…というか、当然というか、ランナーさんで甘党のかたは少ないようです。
通常アフタヌーンティーは
●一番上はあま〜いスイーツ
●真ん中の段はまぁまぁ甘いスイーツ
●一番下の段はセイボリー
で構成されていることが多いんですが、甘いのが苦手な方は3段は多いみたいですね。
自分は全然オッケー!
やっぱり自分はランナーではないんでしょうね(笑)
今年のゴールデンウィークもアフタヌーンティーに行きました。
東京のアフタヌーンティー…それなりのホテルのモノであれば、7000円〜8000円くらいが相場。高いところだと万いきますね。
そんな中、4500円のアフタヌーンティーを見つけたので、行ってみたんですが、味は悪くないです。普通に美味しかったです。
ただ、騒々しかったのが残念!
ゴールデンウィークだから仕方ねぇだろ!
なんて言わないでくださいね。
それなりのホテルならば、あそこまで騒々しくはないです。人数が多かったこともありますけど、テーブル間の距離を極端に狭くしているためか、居酒屋みたいな感じ。
やっぱり価格には、そういったモノも込みなんですね。テーブル間の距離を多めにとることによって、客数が少なくなる分野、それなりの価格にしなければならないのでしょう。勉強になりました。
なお、写真を撮る余裕がなかったこともあり、今回はありません。
2週間くらい前から、左ひざの内側が痛み始めました。
当初の1週間くらいは、
●まず、ランオフにする(当たり前)
●手持ちのロキソニンテープ(湿布)を貼る
で様子見していましたが、ひざをひねるような動作をすると痛みが出るので、病院へ行きました。昨年の軽井沢ハーフのあと起きた左脚の強烈な攣りの治療をしてもらった病院へ。
痛む部位を説明し、触診しただけで、
【医師】これはもう安静にしているしかないかな…骨に異常があるならば、別なところが痛むはずです。ここらへんは痛みませんよね?
【自分】ええ、全く…痛みません。
【医師】それならば、安静にしてください。走ってはいけません。歩くくらいならいいけど。お薬要りますか?
【自分】できれば、ください(むしろ、それをもらいたかったから通院した…)。
【医師】わかりました。お薬出しておきます。あと、マイクロ波治療(そこの病院では、通称「電気」と呼ばれているみたい)をしましょう。ちょくちょく来てみてください。10分で終わりますし、予約も要りません。
【自分】あの、これの原因は?
その後、自分のランニング履歴を話しました。
●2月のさいたまマラソンが中止になり、走れなかった
●その後、度々体調を崩し、走れなかった
●10日くらい前に10キロ程度のランニングを2回ほどした。
そう話すと、
【医師】ああ、それですね。無理はしないでください。
【自分】ということは…10キロランで無理をしている!ということになると、加齢的なものですかね?
【医師】加齢ということはないんですが、無理はしないで…ということです。
自分にとって、もはや10キロランニングは過酷なモノになりました。
はにかみさんをはじめ世の中には、この年齢でも100キロランをしているひともいるというのに…
自分にとっては、10キロランすら長距離ランニングなんだ…
悲しいけど、受け入れます。
あと10日後くらいに迫った「軽井沢ハーフマラソン」も完走できないかもしれません。でも、軽井沢へは行きます…観光も兼ねていますし、毎年行っていますから。
それまでは、無理をしないで過ごすつもり…無理やり走ってもいいことはないだろうし、日常生活を壊してまでランニングを続ける意味も自分には見いだせませんからね。
今年の2月に「自分にとってのフルマラソンチャレンジ」は終わりを告げました。
ハーフマラソンはまだ続けてゆこうと思っていましたが、こんな状況では…ハーフマラソンにもお別れを告げなければならない日は近いかもしれません。
でも、それも淡々と、粛々と受け入れます。もうそれしか道はなさそうなんで。
今日の記事は、ほとんど誰のためにもならないかな。
これまで記した「ランニングにおける心に残る出来事5選」のまとめ集だから。
【サマリー】
【初フルのホノルルマラソン】
【フル5時間切りできた時】
【はにかみさんとのデッドヒート】
【Mちゃん伴走のおかやまマラソン】
【おはぎさんに会えた!】
以上です。
少しは運動しないと、また尿路結石になっちゃう…。
そこで今日は久しぶりへ彩湖へ。
「少し走る」…これの意味するところは、ひとそれぞれだと思います。
距離的に少し…というひともいるし、回数的に少なめに…というひともいると思います。
自分の場合、どちらかというと回数的に…という意味ですかね。週2回ないし3回くらいが標準的な走る回数なので、「少し走る」と言ったら週1回走ることかな。
さて、今日はラップ載せます。
はい、どん!
今日は体調が良ければ「彩湖2周」、あんまし良くなければ「彩湖1周」と「1ないし2周」にしようと決めていました。
1周目の感覚は
気持ちいい!走るのってこんなに気持ちいいんだ!
でした。あんまり息も上がらなかったし、調子がいいんだ!とばかりに少し水分を採ったあと、調子乗って2周目に入ってしまいました。これが…ね。航海もとい後悔の始まりです。
ちょっとした坂が登れません。
当然歩きます。
ダメだなぁ~。
こんなんで、軽井沢ハーフ時間内完走できるんだろうか?心配です…心肺よりも心配です。
ラップを見ると、明らかに2周目は落ち込んでいますね。1回だけ持ち直した?みたいなところがありますけど、気のせいみたい。
でも、走れたことに感謝です。
次回は「心に残るランニングに関する出来事」の最終回「おはぎさんに会えた!」を綴ります。
昨日、久々に走りました。
とは言っても、7キロあまりですが。
やっぱり想像以上に走力は落ちています。
詳細は省略しますが、平均ペースはキロ
7からキロ8にならない程度。良くなるのは、まだまだ先みたいですね。
ただ、たった7キロですが、走れたことは正直嬉しいこと。途中苦しくて、少しばかり歩いたことや、知り合いに偶然会い5分程度時計を止めてお話したことは内緒です(←とはいうものの書いてる…)。
尿路結石再発防止のためにも、これからも少しばかり走ろうとは思っています。
決して20キロとか30キロ走ではないですけどね。
なお、前回の記事は限定記事としました。
さて、「ランニングにおける心に残る出来事5選」の続きです。
ここまで、「初フルのホノルルマラソン」「フル5時間切りできたとき」「はにかみさんとのデッドヒート」について、それぞれ綴ってまいりましたが、本日はその4回目「Mちゃん伴走のおかやまマラソン」を記します。
ダイジェスト版は下記のブログになります。
この「Mちゃん伴走のおかやまマラソン」の計画は、確か、はにかみさん、ぽねこさん、Mちゃんさんと一緒にランニングし、その打ち上げ会の中で出た話だったと思います。その頃はまだ自分もキロ6ペースを余裕で走れていました。むしろ遅いと感じていたくらいの頃です。
しかし、その出場予定だった「おかやまマラソン」は新型コロナウィルス感染症拡大の影響により中止となり、そのプラン自体も立ち消えになるのかな…それもまたやむなし…と思っていましたが、2023年大会で実現しました。
この再計画を聞いた時、最初はやや遠慮しました。というのも、その頃から走力が著しく減退し、もうキロ6ペースで20キロなんて走れなくなっていたため、Mちゃんさんに迷惑をかけると思ったからです。何度かのやり取りの結果、行けるところまで伴走してもらうことになりました。
そのプランは単純明快…
●キロ6分30秒からキロ7に落ちない程度のペースで走り続ける
●出口戦略として、ペースが著しく落ち込み「5時間切りの達成の見込みがなくなった」ケースでは、この計画は終了…Mちゃんさんには先へ行ってもらう
これだけです。
上の過去記事を読むと…
最初の5キロまではおおむね計画ペースで走っていますが、次の5キロからはキロ7オーバーになっていますね。走力落ち込みがよく現われています。
≪ 5キロまで ≫
市内電車が走っている大通りへ出るまでの間、走路の幅員不足のため渋滞が発生していたことはよく覚えています。道路が狭いというよりも、道路の幅員に対して参加ランナーが多すぎるのではないかと感じました。
≪ 10キロまで ≫
確かにキロ7ペースになってはいましたが、全然身体に余裕があり(太っているという意味ではありませんよ)、楽でした。Mちゃんさんにコースや沿道の説明をしていたことははっきり覚えています。「あと●●メートルくらい進んだら右折します。右側へ行きませんか?」「このあと、橋梁が連続して現われます」とか。
≪ 15キロまで ≫
みんなお楽しみの「シャインマスカット」!この給食所あたりから「あまり給食を取らない自分」と比較的給食を摂るMちゃんさんとはぐれるようになったと記憶しています。それでも、この頃はすぐ合流できました。
≪ 20キロまで ≫
おかやまマラソンコースの最南端で折り返す少し前、Mちゃんさんの位置を完全に見失いました。それでも「Mちゃんさんは走力があるから、いずれ追い越してゆくだろう」と考えながら歩を進めました。折り返し点を過ぎたころ、反対車線にいるMちゃんさんを発見!「これから追いかけます!」とのこと。
かっこいい!「惚れてまうやろ…」ですね(笑)
≪ 25キロまで ≫
このあたりから怪しくなりました。いつものことなんですが…。
20秒前後歩いたりして態勢を整えますが、次第に歩く時間のほうが多くなってきたような…。Mちゃんさんは優しいので、ちょっとはぐれると先で待っていてくれます。申し訳ない…。
≪ 30キロまで ≫
おかやまマラソン最大の難所「甲南大橋」に入るかなり手前(正確なキロ数は失念しました)で、自分は
「もう苦しいんで…先へ行ってもらえますか?」
と言ってみると、Mちゃんさんは、まるでツンデレのキャラクター(←失礼!)のように
「苦しいのはみんな一緒です!頑張りましょう!」
と仰られる!そんなやり取りを繰り返しているうちにMちゃんさんは、
「ラーメンエイドで私はラーメンを食べていきますから、ロスタイムが10分程度発生するでしょう。その間は歩いていてもいいです。私、追いかけますから!まだ、Bプランの5時間10分は狙えますよ!」
と先へ進んでいきました。
かっこいい!「わたし、失敗しませんから!」みたいな感じ。
≪ 35キロまで ≫
Mちゃんさんに先行できていたのは、3キロ程度かな。
それぐらいで追いつかれ、再び伴走してくれました。
Mちゃん「まだBプラン(5時間10分切り)の可能性が残されています。脚が痛いのはみんな一緒です」
自分「厳しいですね…」
Mちゃん「あのはにかみ国王ならば、もっと厳しいですよ。5時間切りしたくないのか~~!ってね」
そんなこんなで35キロを過ぎました。
≪ 40キロまで ≫
35キロを過ぎて、どれぐらいの地点でそのことを言ったのはハッキリとは覚えていませんが、35キロ過ぎの「にぎやかエイド」を過ぎて河川敷へ戻ったころなので、36~37キロ付近だったと思います。再び自分は「もう先へ行ってください」と懇願すると、Mちゃんさんは、
「もうBプランである5時間10分切りも達成が困難となりました。残りをキロ6ペースで行かなければならないので…(現状の自分には非現実的)。わかりました、先へ行きます。でも、1分でも早くフィニッシュできるよう努めてください」
これに対して、自分は
「ここまで本当にありがとうございました。さようなら…」
とMちゃんさんを敬礼で静かに見送りました(←本当のお話です)。
≪ Finish ≫
以降は、現実路線で頑張りました。
それまでも積極的に歩きを交えていましたが、それを徹底し、なんとか5時間30分切りだけは守りました。
≪ さいごに ≫
過去記事を読むと、当日の夜は「身体は疲れているはずなのに、悔して涙が出た…」と書かれてありました。これを書くまでは忘れてしまっていました…マラソン大会に出場して…完走して…涙が出たなんて!
ただ、悔しくて涙が出たから、悔しくて泣けるほどだったから、その後2年程度は走り続けることができたんだな~と感じました。今はもう泣けないかもしれません。
≪ Special Thanks Mちゃんさん ≫
マラソン競技は基本的には「孤独な競技」です。
しかし、ほかのひとに伴走してもらいながら、励ましを受けながら走る…という経験は、後にも先にも例がありません。Mちゃんさんの伴走を受けたのが初めてです。こんな貴重な経験をさせてもらい、Mちゃんさんにはとっても感謝しています。
改めて、Mちゃんさんには「ありがとうございました!」と告げたいと思います。
次回はこのシリーズの最終回、「おはぎさんに会えた!」を綴ります。







