正確には12月1日の月曜日の定期健診で血液検査を見た市立病院の先生に突然「残念だけど、これはたぶん再発してると思うだからすぐに骨髄検査をしてみよう」と言われて、4日の水曜日に「骨髄検査の結果、再発だったから、がんセンターに転院して治療をしよう」と言われたという流れです
がんセンターのベッド待ちでそこから一週間は自宅に居て、がんセンターの先生とお会いしてないから詳しい治療内容は聞いていないのですが、市立病院の病院の先生いわく、最初の寛解導入から上手く進めば移植を視野にれた治療になるみたいで……
◆◆◆
最初の発病がわかったは2008年の10月末で、14歳の時
貧血が余りに酷く、体育の授業で持久走なんて走った日には顔が真っ白で先生にも心配される始末……だんだん学校の階段を上るのもいっぱいいっぱいになってきて、近所の内科で血液検査を受けました
三日後に結果が出るとその病院から速攻で電話がかかってきて「早く大きい病院へ」と言われ、ビビりながら市立病院へ、そこでも「もっと大きい病院へ」といわれ、県内の大きな小児専門病院へその日のうちに母と車でむかいました
そして、そこで小児の急性リンパ性白血病(ALL)と診断され、ハイリスクプロトコルでの長い長~い治療がはじまったわけです
小児の白血病はリンパ性が多くそれは大人より治りやすいと言われいます
特に小さい子は、骨髄移植をせずに一年程度の化学療法で治る場合も多く、私は当時14歳と"小児"としては大きかったのですが移植はせず、三年間の化学療法で治療することになりました
そこからの三年間、ほんとにいろいろな事がありました
でも特に辛かったのは、治療で使ったステロイドの副作用でなってしまった「骨壊死」、これで肩の関節がぺしゃんこになり、続いて股関節も酷い痛みが出て、白血病の治療プロトコルも変更になり、治療が終了してからも、「人工関節」の手術をしたり、せっかく二十歳になったのにやりたい事や自立もなかなか出来ず、病院漬けな生活でした
2011年に三年間もかかった長い治療がやっと終了して、月に1回の血液検査のみになっていた白血病
治療中に、ステロイドの副作用で肩や股関節の骨が壊死してしまい、治療が終わってからのここ二年間は、骨の治療(人工関節)に集中していていました
なので正直、まさか今になって再発するとは思ってもみなくて。そんなんじゃいけないのかもしれないけど本当に考えてなくて。だから、本当にびっくりだし、なんかもうガックシ来ちゃって、最初に再発の疑いが強いです、って先生に言われた時は「え~……まじかあ……(ため息)」って三十分くらいの診察の間に二十回くらい言ってました
最初の発病がわかったは2008年の10月末で、14歳の時
貧血が余りに酷く、体育の授業で持久走なんて走った日には顔が真っ白で先生にも心配される始末……だんだん学校の階段を上るのもいっぱいいっぱいになってきて、近所の内科で血液検査を受けました
三日後に結果が出るとその病院から速攻で電話がかかってきて「早く大きい病院へ」と言われ、ビビりながら市立病院へ、そこでも「もっと大きい病院へ」といわれ、県内の大きな小児専門病院へその日のうちに母と車でむかいました
そして、そこで小児の急性リンパ性白血病(ALL)と診断され、ハイリスクプロトコルでの長い長~い治療がはじまったわけです
小児の白血病はリンパ性が多くそれは大人より治りやすいと言われいます
特に小さい子は、骨髄移植をせずに一年程度の化学療法で治る場合も多く、私は当時14歳と"小児"としては大きかったのですが移植はせず、三年間の化学療法で治療することになりました
そこからの三年間、ほんとにいろいろな事がありました
またアレをやるのかと思うと心が折れそうです
でも特に辛かったのは、治療で使ったステロイドの副作用でなってしまった「骨壊死」、これで肩の関節がぺしゃんこになり、続いて股関節も酷い痛みが出て、白血病の治療プロトコルも変更になり、治療が終了してからも、「人工関節」の手術をしたり、せっかく二十歳になったのにやりたい事や自立もなかなか出来ず、病院漬けな生活でした
でも、そんな中で、ゆっくり痛みのコントロールをして、とりあえず自宅で家族仲良く生活できているから、しばらくはそれでいいのかなとも思っていました
2011年に三年間もかかった長い治療がやっと終了して、月に1回の血液検査のみになっていた白血病
治療中に、ステロイドの副作用で肩や股関節の骨が壊死してしまい、治療が終わってからのここ二年間は、骨の治療(人工関節)に集中していていました
なので正直、まさか今になって再発するとは思ってもみなくて。そんなんじゃいけないのかもしれないけど本当に考えてなくて。だから、本当にびっくりだし、なんかもうガックシ来ちゃって、最初に再発の疑いが強いです、って先生に言われた時は「え~……まじかあ……(ため息)」って三十分くらいの診察の間に二十回くらい言ってました
病院では少し泣いたけど、それからがんセンターの入院までの一週間は「でもしょうがないよもう……なっちゃったものは仕方がない……」という感じで、覚悟を決めたんだか、先のことを考えてないようにしてるんだかビミョーな感じで、荷造りやらお買い物やらを毎日ガンガン遂行してました
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長くなってしまったけど、今回の再発と言われた流れと過去のことをチラッと書いてみました
いろいろ書きたいことがいっぱいあるので、様子をみて更新します!
では
