ごちゃごちゃと | だらだらしてみる。

ごちゃごちゃと

なんだか失望した。


なんだよ。果たしてそれだけなのかいな。そうじゃあ無いよ。あれを書く事が出来ると言うのはすごい事なのだろうけれど、でもやはり、何故だか唸らずにはいられない。博士の研究内容等、誰しも一度は考える事なのだろうけれど。だからソコにコレと言って新しい発見は特に無かった。"分かり易く"書かれていたのは矢張り作家の腕であったりするのだろうか。探偵的な部分も、まぁ面白くはあった。エロであったりグロであったりの描写も面白かった。因果の記事を書く前に因果についてのなんやかやの部分をよんでしまって、書くであろう時分に「あーコイツは影響されているなぁ」と斜めに見られるのだろう。少し嫌だな。そんなんどうでもいいんだ。昨日までは、『この先どうなるのか、こいつは本当に幻魔小説なのでは』なんて思ってはいたものの、なんだか全てを打ち壊された感がする。疲れてる中で読んだ所為なのだろうか。でも確かに、怪奇小説ではありますよ。『瓶詰の地獄』と『氷の涯』の方が楽しめたような気がしないでもない。過度に期待をし過ぎたのかもしれない。鬱陶しい解説の所為でこんなに向かっ腹を立てているのかもしれない。ヒトは所詮ヒトでしかないのかね。もうちょっと"幻魔"なモノを期待していた僕がいるのだけれど。確かに、考え出したら至極面倒に為り得る話だろうが。まだたったの一回通して読んだだけだからだろうかね。一年後くらいにまた読んでみよう。「お前は読解力に欠けているんだよ」と言われたらそうなのかも知れぬとは思うが。書けと言われても僕には書けないので凄いモノだとも思うが。



見えないところに見えているものは掴んでいるとしても、そのまた奥に何かしら新しく掴めるものがあると思うので幾度か読んでみる必要がある思った。僕の考えが及ぶ程度のモノでしかないのならば、半世紀以上に渡って多くの人に読まれてきた、という事実が全くの無駄であり、つまらないものになってしまうしね。



と、ここまで書いて10時間ほど眠っておりました。色々な夢を見た。「自己」というモノについてすっかり分かりきったように感じていたのだけれど、シャワーを浴びると同時に流れていってしまった。後追い作業をしてみようと思う。


先に言っておくと、後追いをしたつもりがなんだか違った話になってしまっている気がする。兎に角、勉強サボって書いてみたものをここに載せてみる。


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「あなたは誰ですか」という質問をしたらば、帰ってくるのは「~です」という名前になるだろうと思う。名前とは何か。あなたに貼られたツマラナイ紙に他ならない。そして、あなたの事を「某である」と言っているのは、訳書に保管された紙切れと、不安定かつ曖昧な、あなた又は他者の記憶でしかない。"昔の思い出"を取り払い、戸籍を焼き払ったとしたら、「あなたは誰か」という問いにどう返すおつもりか?

「そんな事を言われても、私は私だ。私がそれを知っている」と返されるかな。しかし、どうそれを証明する?「ある」事の証明は、「ない」事を証明するのと同様に不可能であるとは思わんか?私達が世界としているモノの全ては、鏡にしか過ぎない。他に自分を映し込んで"在る"と言っているのだが、自分も一つの鏡にしか過ぎない事にお気づきか?気付いた時には二枚以上の鏡が互いに互いを映していた、そういう事である。虚像の永久連鎖である。実像はそこに"在る"か?
鏡間に何も存在しないとしても、「では"鏡"はどこから来たのか」という疑問が残る。「いやぁ、生まれは東北でして」などとソレは言ってくれないぞ?「神の御手によるものだ」「宇宙の神秘にして真理だ」と言うのは下手な逃げ方にしか聞こえないが、そうする他に道がなかったからそうされているまでの事である。そんな、人間の力では証明出来ない、曖昧なものなのだよ我々鏡は。



いかん。これじゃあダメだ。いかんよ。嵌ってきた。世界を人間の認識し得る範囲で区切るからいかんのかね。

曖昧を曖昧とするべく書き出したものが曖昧自体の探求に入ってしまっているから"ハマッて"いるのだろう。"ヒト"の外から書こうとしたものがマンマと内側にハマッているわけだ。いやぁどうもやられた。"外にして内"ばかり気にして、"内にして外"がどっかへ行ってしまっている。



これをこうして書いている僕が"僕"である必要は全く無いと思う。なんだけども、そう思っていく程に僕は僕でなければならないような気がする。



我は我にあって我に非ざるなり。


この三つの「我」は同義でございます。
全ての溢れかえる「我」を統合した上でのモノでございます。



我、我にして全。


あー、全一に来たかよ。まーアレですよ。所詮この世は無限ループ。



頭の中でゴチャゴチャしていたことの半分も書けていないんだけどまあいいか。

「我思う、故に我あり」の「我」が何も個を指しているだけではないし、それと似たような。なんか。感じでよろしく。


個と全に収束したよどうも。

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タイプと同時に読み返しましたけれども、こりゃあ酷いや。「自己」消えた。いんや、消えたと見せかけて生きている筈なんだけど。書いている途中に見事に嵌りまして、かなーり危なかった感じ。ケンノン、ケンノン。



何やかや書きましたけれど、ドグラ・マグラは面白かったですよ。周りに広めて反応を窺いたいね。「伺う」では無く。この記事、書き出しから1日以上経っているのですよ。その間に色々あったりなんだりで、うん、失望したのも確かにありましたけれど、興味深い小説だとは思いますよ。読み終わった本に「興味深い」と言うのも変なのかもしれませんが。何度か読み直すにしては少々長い話ですけれども。



こんな感じでした。


終わり。