思い立って英会話スクールに通い始めた。
Gabaっていうマンツーマンの所。
時間と場所がフレキシブルに選べるのが長所。
実際に行ってみて、自分が思ったことを伝えれない難しさ、痛感してます。
同じ教師がずっとだと、英語の癖ができてしまいそうだし、教師にはこだわらない。
自分が英語を発し、間違えて、フィードバックすることが最も重要。
研究職という仕事上、英語を読み書きするのは、必須。
もちろん、それに関しては俺もかなり自信がある。
だけど、日本の研究者としてはそれだけでいいんだけど、
海外にでると、即応性も求められる。
学会発表なんかでは、Q&Aにもスムーズに対応しなきゃいけないし、その後の議論だって、
英語を発することができないと、駄目。
かといって、どこかの社長が言っているように、「英語の公用化」は俺には反対。ナンセンスだと思う。
その場に適した言語使えば?って思う。
打ち合わせだって、日本人だけの集まりだったら日本語でのやり取りの方がスムーズなのは明白。
母国語ですから。
もちろん、日本語を絶対視するわけではないけれどね。
複数の国の人が集まる打ち合わせ英語でするのは、当然といえば当然。
要するに、みんな英語も日本語も出来るようになろうってこと。
強制ではなく、そんなの当たり前になろうってこと。
その上で、場で使い分けようと。
それが理想だと俺は思う。
俺はそう思い始めて、英会話スクールに通い始めた。
で、なんで独学orマンツーマンかというと、
聞くだけで話せるようになる・・・というのは、理にかなっていない気がしたから。
人間のコミュニケーションってinput、outputの両方が必要で、inputが可能だからといって必ずしもoutputもできるとは限らない。
文章を読めるようになるのは、たいしたことじゃない。
と俺は思う。
あ、ちなみに俺自身英語を読むことはできます。
3年前のTOEICでもスコア750とりました(誇れるものでもないけど)
話せないだけ(汗)
読むことはできる。
単に英語自体ができないから、英語を前面に出すことに噛み付いているというわけではない。
念のため。
というか、読むこと(input)は時間をかければ誰でもできるんじゃないかな。
所詮、inputはinput。フレーズを覚えて(input)いても、それを話せる(output)のでなければ、
なんの意味ももたない。
はっきり言って俺のTOEICスコアなんて大学受験をしたり、英語に少し慣れている人なら取れるスコア。
(勉強している人で、これを見て不快な思いをさせてしまったら申し訳ないです。)
俺が受けたTOEICは完全にinputですから。
最近はwritingみたいなのもあるようだけど、打ちながら考えが整理できるし、なんとなく違う気がする。
そもそも、社会的にTOEICが。。。って流れがあるけど、そうなのかな。
俺は、今はTOEICに関して数値的には満足させることができる自信はあるけど、全く会話はできません。
結局、outputの問題だなって気がした。
だから、聞くだけでなんかは、信じられない。
ということで、英会話スクールに。
マンツーマンの理由は、話さざるを得なくなるし、密度が濃くなるから。
高くなるけど。。。(涙)
さてさて、英語を語る前に、明日、日本語でプレゼンしなきゃ。
今から用意。
ガンバろ。
Gabaっていうマンツーマンの所。
時間と場所がフレキシブルに選べるのが長所。
実際に行ってみて、自分が思ったことを伝えれない難しさ、痛感してます。
同じ教師がずっとだと、英語の癖ができてしまいそうだし、教師にはこだわらない。
自分が英語を発し、間違えて、フィードバックすることが最も重要。
研究職という仕事上、英語を読み書きするのは、必須。
もちろん、それに関しては俺もかなり自信がある。
だけど、日本の研究者としてはそれだけでいいんだけど、
海外にでると、即応性も求められる。
学会発表なんかでは、Q&Aにもスムーズに対応しなきゃいけないし、その後の議論だって、
英語を発することができないと、駄目。
かといって、どこかの社長が言っているように、「英語の公用化」は俺には反対。ナンセンスだと思う。
その場に適した言語使えば?って思う。
打ち合わせだって、日本人だけの集まりだったら日本語でのやり取りの方がスムーズなのは明白。
母国語ですから。
もちろん、日本語を絶対視するわけではないけれどね。
複数の国の人が集まる打ち合わせ英語でするのは、当然といえば当然。
要するに、みんな英語も日本語も出来るようになろうってこと。
強制ではなく、そんなの当たり前になろうってこと。
その上で、場で使い分けようと。
それが理想だと俺は思う。
俺はそう思い始めて、英会話スクールに通い始めた。
で、なんで独学orマンツーマンかというと、
聞くだけで話せるようになる・・・というのは、理にかなっていない気がしたから。
人間のコミュニケーションってinput、outputの両方が必要で、inputが可能だからといって必ずしもoutputもできるとは限らない。
文章を読めるようになるのは、たいしたことじゃない。
と俺は思う。
あ、ちなみに俺自身英語を読むことはできます。
3年前のTOEICでもスコア750とりました(誇れるものでもないけど)
話せないだけ(汗)
読むことはできる。
単に英語自体ができないから、英語を前面に出すことに噛み付いているというわけではない。
念のため。
というか、読むこと(input)は時間をかければ誰でもできるんじゃないかな。
所詮、inputはinput。フレーズを覚えて(input)いても、それを話せる(output)のでなければ、
なんの意味ももたない。
はっきり言って俺のTOEICスコアなんて大学受験をしたり、英語に少し慣れている人なら取れるスコア。
(勉強している人で、これを見て不快な思いをさせてしまったら申し訳ないです。)
俺が受けたTOEICは完全にinputですから。
最近はwritingみたいなのもあるようだけど、打ちながら考えが整理できるし、なんとなく違う気がする。
そもそも、社会的にTOEICが。。。って流れがあるけど、そうなのかな。
俺は、今はTOEICに関して数値的には満足させることができる自信はあるけど、全く会話はできません。
結局、outputの問題だなって気がした。
だから、聞くだけでなんかは、信じられない。
ということで、英会話スクールに。
マンツーマンの理由は、話さざるを得なくなるし、密度が濃くなるから。
高くなるけど。。。(涙)
さてさて、英語を語る前に、明日、日本語でプレゼンしなきゃ。
今から用意。
ガンバろ。