今までヒミツにしてきたが、わたしの部屋には一冊の本がある。
「だめだこりゃ」
すでに故人となられたいかりや長介の自伝である。
我々アラフォーと呼ばれる世代にとって、自分の少年(あるいは少女)時代とドリフは切り離せない。
ある意味牛丼と紅しょうがの関係と言い切ってもよい。
物心ついた私が最初に魅せられた一曲は「東村山音頭」だった。(笑)
フルオーケストラっぽい豪華なイントロ。
一番、二番、三番と全て異なったメロディーライン。
ヒワイさを感じさせる志村けんの白鳥のコスチューム。
そのころ多少いい子ぶる傾向のあった私には、ちょっと反体制なところに抗いがたい魅力を感じていた。
ドリフの全盛期も過ぎ、私自身も「就職」することとなった。
大学を卒業し、入社した会社の本社所在地はあの東村山市。
余談だが、「オレの会社は東京にあるんだよ」
と、
「オレの会社は東村山にあるんだよ」(東村山市は東京都です)
と友人に吹聴するときその意味合いはまったく違う。
(東村山市在住の皆さんすいません。悪意はないのです・・・)
わたしは、自分の会社が東村山市にあることに運命的なモノを感じていた。
神奈川支店に配属されたため、本社に行くことは年に数回ほどだったが、駅から本社への道筋にとある古ぼけたアパートがあった。
そこには「志村荘」の立て札が!
「東村山市の志村荘」
私は砂漠の中で、オアシスを見つけたような気分だった。
そのころの私に暇と情熱がもう少しあったら、志村荘と志村けんとの関係を調査することもできただろうが、今はそんなことをしなくてよかったと思う。
・・・
ここまで書いてきたが、ハナシの落としどころが見つからない・・・。
困った。
ドリフのコトになると、思い出がありすぎてまとまらない。
ここはまた、日を改めて書くべきかと思っている。
「後半参りましょう、後半しゅっぱーつ!!」といかりやが叫ぶ時間まで・・・。