昨日、先週、先月、去年の自分よりも成長した自分でいたい。

常にそう思いながら生活してきたつもりでも

実際に振り返ってみると、どこがどう成長したのかぱっと思い浮かばない。


というのも、自分の中にある「成長」というものが

能力の向上を意味するものであって

仕事の効率性UPではないから。


仕事の効率は、仕事を覚えて

業務に慣れれば自然と向上するけど

能力に関しては、ただ仕事をこなしていれば向上するものではなく

目的意識を持って取り組むことで、初めて身につくもの。


忙しくなると、目標設定と効果判定が曖昧になりがちだけど

本当の意味で成長できるように努力をしていきたい。



今この時間を大切に生きるために。

自分は「これをやった!」と誇れるものを一つでも多く築きたい。

今の自分を創っているのは、過去の自分だけど

未来の自分を創るのは、今の自分なのだから。


何年後か、今を振り返ったときに

「あの時、自分は何をしてたんだっけ?」

なんて、絶対に思いたくない。


社会人になって一年半。

何が大事なのかわからず、

なかなか初めの一歩を踏み出すことができなかった。

そのせいで、今の自分が過去の自分と比べてどこが成長したのか

なかなか思い浮かばなかった。


形に残る何か。

形に残らなくても、記憶に強烈に焼きつく何かを残したい。


そのために、今自分にできるベストを尽くし続ける。

このベストは、自分が思うベストであって

本当のベストかどうかはわからない。

でも、わからないなりに信じて貫けば

必ず次のステップにつながる。


同じような情けない思いをしないために

今から一歩を踏み出す。


主体的に動くこと。

エゴはしまいこまなくてもいい。

自分を信じて、今に生きること。

人にかける優しい言葉には

「自分はあなたのことを大切に思ってますよ。」

のメッセージを多分に含んでいる。

これは恐らくエゴだと思う。


別にそれが悪いとは思わない。

人であれば必ず利己的になってしまう部分はあるし

完全になくすことなんて絶対にできない。

それに相手のことを少なからず考えていることは事実で

それを行動として表現しようとしているのだから

否定すべきことではないと思う。


でも、純粋に相手を思う気持ちと

自分のエゴを計りにかけた時

エゴの方が大きくなってしまっているなら

初めから言わない方がいいと思う。


その言葉はきっと薄いし

相手(自分を大事に思ってくれている人なら特に)にもバレてしまうから。


自分の中で、その一つの基準となるのは

頑張っている人に対する「頑張れ」。

適用範囲が広すぎる故に伝わるメッセージがほとんどないから。