最近の映画にしては長いほう、三時間。でもケツが痛くならない時間で満喫できる映画でした。
80歳で生まれて若返っていく。ニューオリンズのボタン屋の経営者・裕福な家に生まれたがその醜さ故父親が老人ホームに捨ててしまう。そこで黒人の介護師に育てられて徐々に若返っていく。ホームの叔母の連れ子、幼いディジーと知り合う。体は老人だが心は子供、ベンジャミンとディジーはほのかな愛情に芽生える。 やがてベンジャミンはホームを出て自立するがディジーには手紙を書くように言われる。人生の局面でベンジャミンとディジーは会うものの、成長していくディジー、若返るベンジャミン。互いに一時的にパートナーを得るものの、心は中では愛している。 ディジーはバレエダンサーとして成功していたが交通事故で再起不能に、ベンジャミンが迎えに行くとこんな体では会えないとつれないディジー。父親のバトンは、自分の息子であると告白、財産を相続するベンジャミン。ディジーが怪我を治してベンジャミンに会いに来る。 すれ違っていた人生、若返ったベンジャミン、成長したディジー二人の人生がそこで交わり、女の子が出来た。足の指が10本、2400グラムの普通の子供だった。
しかしベンジャミンはどんどん若くなり、ディジーは歳を経ていく。またすれ違いの人生。ある日、ベンジャミンはディジーのベツトからベンジャミンが起きているにも関わらず何も言わずに去っていく。ベンジャミンは世界を歩き、ディジーのもとへ帰ってきた。そこには、老いたデイジーと成長した娘、再婚して夫が。そして若がえったベンジャミン。月日は無常だった。
次にディジーが会ったベンジャミンは、認知症の少年だった。やがてベンジャミンはディジーの懐、赤ん坊の体で眠るように息を引き取る。デイジーは二人の娘キャロラインに秘めた生い立ちを語り、ベンジャミンの手紙を読ませ語る。
それはニューオリンズを台風が上陸しようとしている夜だった。やがてディジーの命も尽きる…。
人間の寿命は、日本人に例えれば縄文時代よりは遥かに延びています。もちろん太古はもっと短命だったでしょう。縄文人の寿命は長くて30歳だと言われています。女子が初潮を向かえ子供を作るシステムが出来上がるのは、ある意味野生を残したシステムであり、男子も同様である事は事実です。 このシステムは今長寿として地球に君臨する人類が破綻して、サバイバルになった時次の世代を残すときには重要でしょう。 晩婚になっているのは、不思議でもなんでもないんです。それは生き易さの証明なのだと思います。時代によって平均寿命は確実に延びています。
しかし、そのDNAに組み込まれていない環境の激変からある人の寿命は突然短くなります。
戦争・交通事故・自然災害・食料不足・病気・精神病からの自殺、生殖の低下。人類は、遠くアフリカの大地を二足歩行した時から旅をしています。
そして多くの遠い親戚を世界中に残して生きています。生物種のひとつとして考えれば、只単に歩留まりの良い(エラーの少ない)種なんでしょう。人類は…。というより人類はそうやってサバイバルしてきたのです。
ベンジャミンは充分に長寿です。
仮に老体で生まれてベンジャミンのように生きるとしたら…。すべての人間がそうであれば別にいいんです。子供と老人は似たようなものですし、髪が白いか黒いか、無いとした似たようなもの。 アンよは下手。 オツムは子供か認知症(すべての人がそうではないとしても…)。でも辛いものです。 愛した人との接点はわずかな一瞬。数奇な人生です。
人を愛し家族を持ち子供を育てる事、子供の成長と供に親は同様に老いていくこと。それは宇宙や地球の歴史、野にあるそこらへん石ころより儚いし、一瞬である事。それを知った時に…。
貴方はこの映画を見て何を感じるでしょう? 人生の意味とは?
なんていうことを書いたりすると重すぎますか?
貴方はこの一瞬をちゃんと生きていますか?
命を無駄に縮める者、他人の命を奪う者、
歩留まりと言ってしまえばそうなもかも知れません。
でも僕も神でもないのでそれは言い切れません。
人の一生なんて短いものです。たかが知れています。
そのパンドラを開けた以上、それは悲しいかも知れませんが…。
数奇な人生は皆にあるような、人夫々の生き方…。
貴方の人生とは…?
※歩留まり 実際に製品となった量を、全く損失がないとしたときの理論量で割ったもの。転じて、この場合人が生き残る割合の意味。
※バトン button 服のボタンの事。英語ではバトン