多くの丹沢山塊を登る、サンデーアルピニストのホームページを覗くと以外にこの言葉がある。


「関東大震災の震源地」は丹沢だと…。 


しかし何で丹沢なのだろう?訝(いぶかしく)しく思い検索してみる。ネモは丹沢ではなく、所謂相模トラフの海溝部が震源のものだったと記憶している。


ウィキペディアには以下の記載がある。

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関東大震災(かんとうだいしんさい)は、1923年 (大正12年)9月1日 午前11時58分32秒(以下日本時間)、神奈川県 相模湾 北西沖80km(北緯 35.1度、東経 139.5度)を震源 として発生した海溝型の大地震 (関東地震)による災害 。東京都 ・神奈川県・千葉県 ・静岡県 の南関東 地方の広い範囲に甚大な被害をもたらした。


また、関東大震災というと、関東地方 を襲った大地震 による災害(震災 )の総称ともなるが、一般的には、1923年 発生の関東大震災を指す事が多く、本項でも1923年 の関東大震災について述べる。

関東大震災(かんとうだいしんさい)は、1923年 (大正12年)9月1日 午前11時58分32秒(以下日本時間)、神奈川県 相模湾 北西沖80km(北緯 35.1度、東経 139.5度)を震源 として発生した海溝型の大地震 (関東地震)による災害 。東京都 ・神奈川県・千葉県 ・静岡県 の南関東 地方の広い範囲に甚大な被害をもたらした。


また、関東大震災というと、関東地方 を襲った大地震 による災害(震災 )の総称ともなるが、一般的には、1923年 発生の関東大震災を指す事が多く、本項でも1923年 の関東大震災について述べる。

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冒頭抜粋


問題は赤文字で抜いた部分である。


またヤフーのベストアンサーに以下のものがあった。

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関東大震災の震源が詳しく語られないのは、この地震の複雑なメカニズムと広範にして甚大な被害ゆえである。
整理して書くと、

1.本震
大正十二年九月一日 午前十一時五十八分
M7.8 震源 小田原とその沿岸付近
M7.8 震源 三浦半島南部一帯
*双子の地震である。

2.余震
同日 午後十二時一分
M7.3 震源 東京湾羽田沖
同日 午後十二時三分
M7.2 震源 山梨県東部山岳地帯

南関東一帯はこの為五分以上に渡って激震に襲われる事となった。
この四つの地震を総じて関東地震といい、被害を関東大震災という。
尚、M7を越える余震は、当日午後や翌日にも発生し、翌年に至るまで4回あったと言う

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つまり震源が二箇所も同時発生した双子の地震である事、連続5分も続き神奈川・東京・山梨を震源移動した本振がマグニチュード8にもちかい地震であった事だ。


驚いたのは、5分も続いた揺れは、ネモや諸君らも含めたぶん無いだろう…。

多くの震源地を同一箇所とする地震は通常一分しか揺れないとされている。それが激震で五分も揺れるのだから尋常ではない。

時計を五分計ると凄く長い時間だという事がわかる。


今後、東海から、南海にかけての地震が連続して起こるとされているので、被害も尋常ではないだろうと予測できる。震源地は移動し、長い時間揺れる可能性は高い。


話を戻そうなぜ丹沢が震源地と言うのだろう?

コレはたぶん、一連の関東大震災の震源地のひとつがその付近にあったか、もしくは連続して移動した震源がもたらした誤解ではないかと思う。


丹沢は関東大震災の震源ではなく、正しくは関東大震災の震源のひとつ(かも)しれないが正しいのだろう。

これは仮説であり、ウェブを検索する限り裏付ける証拠は少ない。


今後も調べてみたい。

しかし、マグニチュード8クラスの双子地震とその余震が連続して起きるなんて身の毛もよだつ話である。