その不思議ないろ。 薄い紫だったり、薄い赤だったり、緑色だったり。
優に40年も前は、ハタハタは大きなボウルに買っても10円とかの安いお魚だったのです。
それがあれよあれよという間に、資源枯渇。とれなくなってからは、しばらく禁漁にして魚が戻ってくるのを待ったそうです。
青森は当然の様に、秋田と接していて白神から十二湖あたり、小さい頃は「あっちゃ」(津軽弁でいう叔母さん、お母さん気心を知った近所の、または顔見知りのまたは肉親の...。)がリヤカー引っ張って行商にきていました。
その頃は今みたいに大きなスーパーがある訳でもなし。ツケけも利くし、今で言う珍味の類は普通に食べていました。
そこはそれ、まほろばの土地。 鯨もあれば、かど(鮫)、鱈、カレイ、そして今回紹介のハタハタのコッコ(赤ちゃん、転じてその卵を指す)も普通にあるし安いものだった。
体が弱かったネモは、この手のものがあまり食べれず。鱈の白子なんてとんでもないし、このぶりこもそんなに食べた記憶は無い。
もっぱらロケット豆という、筒状のビニールに入った甘い煮豆で育った口だ。
(とまた自分を書く必要はないか…。ろけっと豆のエピソードは又書きたい。)
ハタハタは日本海側の近海の海草に群れて卵を産む。だから砂・海草のが紛れ込む。
ハマダのウェブにあるように良く洗い。ボリボリ齧って楽しむ。 初心者には難しく誤解も避けたいのであまり勧めない。
こういったものはやはり、冬に津軽に出向いて楽しむものだ。鱈の白子にしても近くのスーパーに置いてあるものは、痩せていてさがっている(時間がたって痛んでいるの意味、物の鮮度が下がっているの意味津軽弁ではそういう言い回しをする。)
いくら料亭でキチンと処理しても、津軽と東京の温度差は歴然で、お江戸で食べるものははっきり言って「食えたもんではない。」 それを考えずお江戸や上方の方々が、食して。
あーだ、こ~だ言われても、そんな腐ったもの津軽では食べません!
はっきり言ってこのブリコも初心者向きではないので、一般ピープルにはお勧め出来ません。
でも是がその昔、上野駅に集団就職で上京したような50代後半や60代の方には涙物のものなのです。
Always 3丁~で出てきた、六(ロク)のエピソードはご存知ですか?
お正月・ロクは鈴木から青森帰りの切符をプレゼントされるが、ロクは「口べらし」の為捨てられたと思い帰郷しようとしない。
鈴木の奥さんが津軽の母からの手紙を見せられてようやく決心する。
津軽では極あたり前の話。お腹を痛めて、大事に育てた子供が憎い筈はない。
津軽の親は、憎まれ口を叩いて都会にだす。
「まねどもったら、いつでも帰ってこいへっ」…生活や精神面で駄目だと思ったら何時でも帰っておいで。
なんて言ったら。ものの三ヶ月で津軽に帰る事になる。
そんな調子では子供は成長しないから態とそうする。
そうして都会で子の親になった時、自分の親もそうだったなぁと思いひっそり映画館で涙する所謂、「りんご娘」を見てネモも親父やお袋の事を思う。
ひどい時なんか、帰郷しても三日で親父と喧嘩して東京に帰った。
というか、「あのわらし、優しい言葉かげればすーぐに帰ってくる。」…あの子は優しい言葉をかけると仕事をやめて直ぐに帰ってくるの意味。
それは親としては嬉しいに違い無いが、子供を成長させる為には良くないことだからだ。
早々そんな時、昔を懐かしみ。
故郷を思い、「ぶりこ でも齧ってみるがな~。(みようかな)」なんていう津軽衆(津軽出身の人)はハマダで注文して下さい。
とっつぱれ。(お話終了の事。)
❒ハマダ
ぶりこの写真は、ハマダのウェブから拝借。
中村さん、よろしく。