日曜ドラマの定番 「巧妙が辻」って色々やってきた豊臣と徳川の争いがそろそろ頂点です。
この手のドラマ加齢をするとようやく落ち着いて見れる年になりました。
この時代の人々、今日の敗者は明日の勝者って具合でコネクションの妙。
それでも昔の人はタフに人生を送ってきたなぁと感じさせます。
ネモの故郷、弘前=津軽もその後のお話があります。
石田光成の娘を連れ帰った津軽の殿様は側室として迎えました。
徳川の手前、正室にはなりえなかったのです。
徳川の養女の満点姫(まて姫)との正室との間には子供が出来なかったが、豊臣方の光成の遺児との間に出来た男の子が次代の殿様となったのです。
殿様は義理に厚く、冬の陣で連れ帰った辰子姫を群馬の大館(現群馬県の太田市)の津軽藩の飛び地(徳川から貰った地だ)に置き、愛したそうだ。
こっそり連れ帰った時、辰子は14歳、殿様は21歳だったという。
早馬に若い男女(というより子供でしょ。)一路みちのく津軽まで走り抜けるサマなんて、ロマンである。
光成は津軽の若い殿様に娘を託した。辰子も殿様も恋仲であった事は容易に想像出来る。
津軽藩にはこの後の逸話がいくつもある。また満点姫の偉さも際立っていて、NHKの前作ドラマの「利家と松」ばりのロマンストーリーがある。
その群馬県の太田市渡島町では、昭和の終りに友好都市として弘前と交流があり、そこから本家の弘前が八月七日で終りだが14日と15日「ねぷた祭り」が開催される。
津軽の夏はもう直ぐに終りだが折を見て訪ねてみたいものである。
渡島のねぷた。
身近に津軽がもう一つある。