メタルを長くやっていると、
嫌でも“匂い”で分かるようになる。
人の数が多いか少ないかじゃない。
その空間に“命”があるかどうかだ。
昨日、いくつかイベントの映像を見た。
たしかに、人はそこそこ集まっていた。
前列には拳も上がっていた。
一見すると「盛り上がってる」ように見える。
でも――
空気がまったく震えていなかった。
熱がない。
圧力がない。
ステージに向かってくる生命力の“濃度”がゼロ。
フロア前方だけ寄せ集めて、
「ほら、入ってますよ」と言わんばかりの光景。
ああいうのを見ると、
この国のメタルがどれだけ“形だけ”になってしまったか、
逆に鮮明に見えてくる。
本気で音に命を賭けている奴が作る空間は、
そもそも撮り方を工夫する必要がない。
後ろまでギッチギチになって、
呼吸が重くなって、
音が客に吸い込まれて、
汗の匂いと熱気でステージの空気が変わる。
動員が“ある”というのは、
人が多いことじゃない。
魂の濃度が高いことだ。
逆に、
人数だけ揃っても温度がなければ、それはただの集合写真だ。
だからこそ、思う。
人が集まることと、
空間が生きていることは全く別物だ。
そして今の日本のメタルシーンには、
そこが完全に混同されている。
名前を並べて、
数字を飾って、
映える角度で動画を撮って、
「成功でした!」と自己満足に浸る。
でも、本当にステージに立つ側からしたら分かる。
“生きていないフロア”は、一発で分かる。
“熱のあるフロア”も、一発で分かる。
動員は数じゃない。
空気が震えるかどうか。
その基準で見れば、
多くのイベントは“入っている”と言えない。
むしろ“誤魔化している”と言うべきだ。
だから俺は、
魂がないものに近づかない。
その輪に戻るつもりもない。
思想と覚悟で立つ。
濃度のある音で、
濃度のある空間だけを作り続ける。
それがSURVIVEの復活にも繋がっていく。
そして、これからも俺はそこからズレない。
空気が震えていないなら、
それは“動員”ではない。
ただ人が集まっているだけだ。
俺は、
そんな薄い空間には興味がない。
