時間があるので、ドライブをすることにしました。
あまりに時間があるので、
松島を通って、石巻を目指そうということになりました。
あの震災がどんなものだったのか、私は体験をしていないため、わからないのです。
行ったら、何かを感じるのだろうか・・・
そんな思いで、向かいました。
tabeoとドライブは久しぶりなので、
決して、浮かれポンチだったわけではありませんが、
ドライブ自体はとっても嬉しく、行きはほどよくルンルンでしたね・・・
だって、松島ってとってもキレイで素敵でしょ??
中学時代の修学旅行で一度行ったことはあったのですが
あんなに美しい景色だったんですね。
島がいくつもあって、海と緑と輝く太陽が本当に美しい。
ちょうど観光シーズンだったので、見事に混み合っていること・・・
私たちはいずれ住んでからゆっくり見に来ればよいということで
車を停めずに通り過ぎましたが、それでも、地元では見ることの出来ない風景でしたね^^
今度、ゆっくり、船にも乗って、松島を観てみたいです!!!
道も時間感覚も、もうなくなってしまっているのですが、、、、、、
ずーっと、進んでいきました。
田んぼがあるようなそんな道も通っていったように思います。
そして、もっともっとすすんでいくと、石巻です。
ホット横丁って知っていますか?
築地・銀だこさんも出展している、復興商店街です。
それを横目で見ながら、
「帰り、買って食べようかねぇ。」なんて話しながら行ったんですが
帰りはそれどころでは、なくなってしまってました。
tabeoが、「たぶん、コッチの方だと思う」という道を進んでいっていました。
気づけば、スコーンッと建物が大してない空き地に出ました。
ん?ここは??
(↑心の声)
一瞬その景色が理解できませんでした。
そして、その空き地をよくみると、家の土台があるのです。
あ、ここは、住宅地だったんだ。
そのことを理解するのに、少し時間がいりました。
雑草も生えているので、ほんと、はじめは分からなかった・・・
そのうち、小学校が見えてきました。
壁は剥がれています。
窓ガラスも割れたまま。
戦争のあとのようにしか、見えないのです。
そして、その近くには、沢山のお墓が建てられていました。
たまーに、家があったりもします。
あー、残ったのかぁ・・・と、少し安堵の気持ちで近づいていくと、
中は抉られたように、ないのです・・・
よく考えてみれば、学校があんな風になっているのです。
一軒家が、そのまま、残っているのは不自然ですよね・・・
変形している家もあります。
窓があったであろう場所を板で塞いでいるもあります。
廃車になった車の山も大きなものです。
もちろん、瓦礫の山もあります。
私の心も抉られていきました。
言葉を失うという表現がありますが、
それともちょっと違うのです。
気持ちを言葉にしたいのです。
この押しつぶされるような気持ちを言葉にしたいのです。
でも、その言葉が見つからないのです。
なんという言葉にしたらいいのか、分からないのです。
それは、随分時間が経った今でも
同じように思うのです。
足を運んだことのない人がいるのなら、
一度、見てみてもいいのかもしれないです。
あの景色は観光ではないので、
私のように、機会があったときでもよいと思います。
私にとっては、社会勉強だったように思います。
私もそうだったけれど、テレビでどんなに震災当時の映像をみても
伝わるのはごく一部でしかないし、なんだかんだ、他人事なんだと思います。
1年半経ったあの景色は、瓦礫も随分片付けられていました。
瓦礫を集められた山は、たしかにあったけれど、
建物が崩れたそのままなわけではないから・・・
そんな景色でも、テレビで見るより、衝撃的で、重いのです。
そんな景色ではあったのですが、人の強さもそこで見てきました。
グルッと回ったあと、私たちは、はじめに見た小学校に戻ったのです。
グラウンドで、少年野球の練習がされていて
お母さんたちがちょうどお弁当を持ってきていました。
少年たちもお母さんや兄弟たちも見えました。
みんな、笑顔でした。
人は強いものだな。
本当にそう感じました。
それでも、すぐには、気持ちが切り替えることは出来ず
ずーっと、ほぼ無言のまま、車でふたり、静かにその笑顔と小学校を眺めていました。
それからしばらくして、石巻をあとにしたのですが
上手に、気持ちを切り替えることは出来ず、少し、私は車で寝てしまいました。
銀だこどころではぜんぜんありませんでした。
起きたのは松島で、あまりに観光客の方が多く
対向車線の車に乗っている皆様に
私のマヌケな寝顔は見せれないということで、tabeoに起こされました・・・
そのあとは、気持ちを取り戻していましたが、
それでも、今思い出しても、心が痛く、重いのです。
震災の被害・影響は、いろんな形であるのだと思います。
津波の影響ももちろんですが、他にもあるのだと思います。
tabeoのお仕事も、復興関係なので、話では色々聞いていたのです。
詳しくは、書けないのですが、tabeoの仕事の現場も見せてもらいました。
津波関係ではありません。
津波で丸ごとなくすことは、とても大変なことで、
やはり私たちには想像も出来ないような想いをされているのだと思います。
でも、全てを失うわけではなくても、破損などの被害を受けつつも、
そこで生きなければいけないということも、とても大変なのではないかなと思いました。
tabeoのお仕事は、そういう人たちに関係するお仕事です。
マスコミなどで多く伝えられなかった被災者の方たちなんだと聞いています。
tabeoは自分の出来る精一杯の仕事をしているんだと、
現場を見せてくれながら話してくれました。
tabeoは、この街で、頑張っていたんだな。
この先は、私もココで、tabeoを支えていきたいな。
本気でそう思えるようになった瞬間でした。
結婚するなら、知ってる人が多い、元々住んでいたところがいいし、
今でも、地震は怖いと思ってもいるんです。
それでも、離れ離れはよくないから、
別れて別の人をとは、まったく考えられなかったから。
だから、この日は、私にとって
とっても、大切な一日になりました。
そのあと、ブラブラとウィンドウショッピングなんかをして
夜まで時間をつぶしてから、飛行機で帰ってきたんです。
さすがに、クッタクタになったけれど
でも、とっても楽しく、そして、私にとって意味のある旅でした。
実は、そろそろ、このブログ
書き換えようかと思っています。
が、まだ未定です。
とりあえず、本日は、ここまでーーーー。