セイジャク。B-3
B-3
(和弥)
もちろん、オレは通い続けてる。
どんな想定をしても、オレの気持ちは変わらなかった。
オレが通い続ける事に、もうゆうも何も言わなかった。
最初の2週間、本当に病気なのかと疑う位、ゆうは元気だった。
でも徐々にゆうは弱っていって、立ち上がる事ができなくなった。
残された時間の短さを思い知る。
できればずっとそばにいたい。
仕事、休みたい。
オレの独り言に、ゆうは凄く怒った。
「自分の仕事をキチンとこなせない人は嫌い」
そうだよね。
きみの給仕は完ぺきだった。
揺れないコーヒー。
コトリとも音をたてないお皿。
そんなきみに興味を持ったんだっけ。
季節もよくて、よく夜空を見に屋上へ行った。
車いすから抱き上げる。
フェンスに寄り掛かるようにして座ったオレの足の間に、ゆうがオレを背もたれにして座る。
星を繋げたあの日を思い出すたび、オレの胸は焼けるように痛む。
「しあわせ」
ゆうが腕の中でつぶやく。
「しあわせだと、死ぬのが辛くなるんじゃないかって思ってた。でも違うね。
見つけてくれて、そばにいてくれて、ありがとう。
残されるあなたは、きっと辛いと思うけど・・・ホント、ごめんね」
「なんで謝るの。オレがしつこく望んだ事なのに」
「しつこく、ね」
ゆうが肩をすくめてオレを見上げた。
「ね、わたしの事、忘れてもいいよ」
「なにそれ」
「忘れてほしいって言ってるんじゃないよ。
忘れちゃっても、わたし、怒ったりしないよって事」
「忘れないよ」
「例えば、あなたにとって安らぎになるような素敵な人が現れた時」
ゆうは突然、芝居がかった声を出した。
「【きみの事が好きだ。でも僕には忘れられない人がいる。その人の影を引きずりながら、きみを愛することは出来ない】なぁんて事にならないでね」
戯曲みたいな演技に僕は思わず声を立てて笑った。
「上手いじゃん」
「だって、すぐそばに名俳優さんがいるんだもん。
わたし、その人の出演するもの、全部観てるんだから」
「えーさっきの、その集大成?雑だなぁ~」
ゆうの鼻の頭にしわが寄る。
「いいの!とにかく、あなたもおじいちゃんになって、天国に行く瞬間、【しあわせだなぁ】って思えるような恋をしてね。必ずだよ」
「はいはい。了解しました」
オレのちゃらけた返事に、ゆうは安心して再び身体を預けてきた。
しっかり抱きしめる。
静かな夜だ。
虫の声かな。
それとも電球の発する周波音かな。
二人を包むのは、柔らかな静寂。
ホントは、了解しました、なんて思ってない。
きみを失うのが怖い。
忘れる事なんてできるわけもないし、他の人を愛せる自信もない。
でもね、これだけは約束する。
きみに恥じない生き方をする。
きみを愛し続けたことを誇りに、胸を張って生きてく。
The Calm End
