キックの通う幼稚園の砂場には
宝石が埋まっている。








先生たちは子どもたちに
率先して宝石を渡さない。





宝石拾いにはルールがあり、

・自分で見つける    
・宝石は見つけた人のもの
・平等分配ではない   




自由遊びのときは、
トレジャーハンターさながら
ずっと宝石を探している子もいれば、




そんなんダルい!とばかりに
宝石なんぞには目もくれず
みんなとドッジボールしている子もいる。
パディはこれだった。




もちろん一人で
どんぐりを拾ったりおままごとしたりと
様々。






ただ、
これは年少さん以上の話。






プレ保育の子どもたちには、

先生がその子達の遊んでいる近くに
コッソリ宝石を隠してくれる。




しかし、
探すのは本人!


そのまま砂に埋もれたままになることもあれば、

他の子が見つけてその子のものになる
可能性もある。



自主的に『宝石探ししてる!』
とアピールした方が、
時と場合によっては有利だったりすることもある。






過保護だなぁ、なんて思いつつ、

『宝石探そっか!キック!』
とアピールしてみた今日。









みつけたーーーー!!!!!






砂場で掘っていたり遊んでいるときに、
急に砂の中から
色や形の違う何かが出てきたら・・・







キックは、

一瞬、あ!と目を見開き、



その真面目な顔つきのまま



そのものが何なのか、確認する。



目がキラキラ輝き、



それを手にとって



私に見せてくれた。



すごいね!色がきれいだね!
先生にも見せてくる?




『うん!』




それを先生にも見せに行く。








人生を子どもたちよりは少し長く
生きてきた私は、


この感動をキックを通して想像するしかできなかった。







ひたすら前向きで
真っ直ぐで、



目の前のことしか見ていなくて、



その中でキラキラ光るものを自分で見つける。




3歳の子が
自分の力で尊い何かを得る。



見ていて、
やっぱり少しだけ、
羨ましい気持ちになったよ。


その純粋に前だけを見る気持ちに。





私も小さいときにそんな経験がしたかった。




目を輝かせた時のキックの気持ちを考えると、
胸がキューって心地良く締め付けられる。




こんな経験の一つ一つが
この子を形成するのだな。





キックが大人になって話す
記憶に残るエピソードの一つにはなり得ない
この小さい宝石のような毎日が、



どれだけ大事なのだろう。





そして、



私はどれだけ大事にできているのだろう。






キックの幼稚園に行くと、


そんな事を度々


思い返す。






うん、やっぱりここはいいところだな!











私達大人は、


子どもたちと比べると格段に
純粋に
物を見ることはできなくなってしまった。






だけど、

このキラキラ、たまに私も感じるよ!





この間、自然がたりない!と、

思い立って近場の清流に遊びに行った
その時の反射した光や、
水の中で屈折して見えた足を覗き込んだり、



石を拾ったりむしを探したり
修善寺で赤紫の宝石みたいなコガネムシを
サリーが見つけた。新種!?と騒いでいたが‥果たして。




鉄棒で逆上がりをして
見上げた青空とか



初めて挑戦したメニューが美味しく作れたとか
料理の見た目も気になるから、
キレイにできると⤴!





また、本を読むのもいい。






パディのそれ折れるよね!?ってところで
笑っている前向きな性格とか、
 



サリーの大人よりしっかり物を見ている指摘とか




キックのエクボとか










まだまだ


たくさん


私でも感じることがたくさんある!!!





人生
ワクワク、キラキラ
楽しみがいっぱいだ!!!





















〇〇の秋。



みなさんもワクワクでキラキラの
〇〇を探して試してみてくださいね!!



私はもちろん、



食欲の秋ですけど、なにか。