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連続勾玉 古時計と言えば誰しも八角形の時計を連想するに 違いないが、それだけでは無い。 古時計には多種多様の種類があり、八角時計だけ ではないと言うことだ。 そして珍品時計とは何か、それも普通の形をして いる時計ではないと言うこと。 形が変形しているとか、機械の機構が違っている とか、見た目に珍しい時計だったり。 この時計もその一つ、達磨型ではあるが時計全体 に金属で造られた勾玉を飾りとしていること。 普通の達磨型にはないもの、変形型であることが 珍品時計の所以なのだ。
何故か左手 若い頃より集めていた招き猫、特に瀬戸製造の 磁器の招き猫、それも古いものを。 明治に入り磁器で盛んに招き猫が製造されて、 全国に出荷され磁器製の招き猫が市場に。 当然だが産地で競争も激しくなったのも事実、 各産地では独特の招き猫も売り出された。 招き猫には種類があり、特に右手と左手で分か れており、右手はお金、左手は人を招く猫。 しかし私が意識して集めたことはないが、何故 か左手のものが圧倒的に多い。 金よりも人だと言われているような、そんな感 覚になっているような気持である。
自分で出来る 全国にはうどん派と言われる人たちが存在、そ ば派と共に両派ともに好きなめん類派。 私は両派、どちらも好きで食べ歩くのが趣味み たいなものであると思っている。 うどんの中一番好きなものは釜揚げうどん、こ れが一番だと思っている。 アツアツの茹でたてを口に放り入れることの出 来るのはこれしかないと思う旨さ。 その中でも自分で麺から茹でたてから食べられ る店が存在している。 この店では自分好みの硬さで、自分で茹でて食 べられる仕掛けになっている。
何が出るか 青空市場ほど楽しい場所はないと思っている、 何時行っても期待が膨らむのを覚えるのだ。 行く前から今日はとどんなものに出くわすのか と言う期待、現場に着くまで沸き立つ。 着けば着いたで何処から見て回ろうかと気が焦 ることも、そんな気持ちを抑えて回る。 足は前に行くが目がついて行かない、もう少し 見ていたとい思うが、足が前に行く。 こんな気持ちで現場を一回り、そして気がかり な場所に一目散に戻ることに。 それ位楽しいので、頭の中はグルグルと回り続 けることになる。
懐かしい 日光写真と言われても若い人たちには何のこと やら分からないと思うがカメラである。 カメラと言ってもただ段ボール紙に写真機が印 刷してあるだけのもの。 どう見ても紙でしかない印刷物、とてもカメラ とは思わないだろうが年配者は分かる。 感光紙の上に印刷されたフイルムを置いて日光に 当てるだけのもの。 日光に当て暫くしてから取り出すと感光紙に写真 みたいに絵が写る仕組みになっている。 我々年配者には懐かしいもの、これ自体が残って いるのも珍しいことだ。
今年は多い 毎日寒い日が続いているが、今年は特に長く感 じるし、実際に長いのだ。 新年あけてから寒暖の差が激しくて体がついて 行かない日々が続く。 全国的に大雪の知らせが入って来るが、一日で 一気に積もると言う気象変化。 やっぱり世界の温暖化の影響が色濃く反映して いると言われているが日本だけではない。 今までとは違い、一気に降ると言う気候変化、 一日で大量に降ると言う状態。 今年に入ってから何度目であろうか、今まで経 験したことのない雪の降り方である。
木曽路 日本各地には古い街道筋には旅籠が残されてお り、現在でも営業している所も多くある。 しかし外形はそのままであるが中は改造されて いる所も多いと言う。 時代の流で改装している旅籠もあり、昔の風情 が無くなった旅籠もまた多い。 この越後屋は中山道の木曽路、奈良井宿の中央 部に残された旅籠、間口は狭く奥に長い。 今も江戸時代の雰囲気を色濃く残した旅籠、私 も以前に宿泊したことがある。 中も昔の儘に残された旅籠独特の雰囲気が残っ ており、江戸時代当時が偲ばれる旅籠だ。
五人囃子 瀬戸で造られた磁器雛、大正から昭和にかけて 盛んに造られたもの。 同時期に製造されていた陶器の土雛とは違った 雰囲気を持っている雛人形でもある。 大量生産でなおかつ安価に仕上げているのも魅 力、磁器は色付けをして二度焼きされる。 しかしこの時期雛は色付けしてから焼かれてい ないもの、安価に仕上げるため。 そしてもう一つが小さいこと、5センチ足らず の大きさの雛人形である。 場所を取らず安価で手に入れやすいひな人形と して庶民に愛されたもの。
源氏物語 雛屏風は雛人形を飾る上で大事な必需品、今は 金屏風が主流であるが以前は絵屏風。 松竹梅やおめでたい図柄のものが多かったよう、 そんなに豪華なものではなかった。 一方武家社会では派手な屏風が造られていたよ うで、本物の金箔をはり描かれていた。 当時は源氏物語が流行していたので、源氏物語 風なものが流行っていたようだ。 特に大名の雛屏風は豪華で画家に描かせた源氏 物語を雛屏風にしたものもある。 この雛屏風もその一つ、大名雛に用いられたと 思われる金箔張りの豪華な雛屏風である。
如何にも 古時計を求めて歩くと当然のこと骨董店に行き 着く、先ずは探すところを発見しないと。 身近でかつ探しやすい店を、その為には骨董店 を捜すのが一番早いから。 しかし我々みたいなものは高級な骨董店には入 り辛い、庶民感覚の店しか入らない。 それこそ自分の感覚で店を選ぶ、自分に合った 店を探してはいるのが常である。 いかにも骨董屋で御座いと言う店もあるが、入 りやすい店も存在している。 此処なら自分に合った店ではないかと思うとこ ろに入り、古時計を探す。
毎日使う コーヒーは大好きで毎日飲んでいるが、毎朝豆 から挽くのが私の仕事でもある。 現役時代から続けている朝の日課、勿論コーヒ ーミルを使うが手で動かすコーヒーミル。 今は電動が主流であるが、あえて手動のコーヒ ーミルを使い豆を挽くのだ。 電動を使ええば素早く豆を挽くことが出来るが、 自分のささやかな拘りでもある。 このコーヒーミルは3台目のもの、同じ形にも 拘るのもおかしいが。 変化を嫌うのかも知れないが、自分では分から ない、自然かもしれない。
新しい年 今年は午年、新年を祝うのにはふさわしい馬、 郷土玩具の馬の置物、派手で目出度い。 そもそも郷土玩具は土地土地に根付いたものが 主流、そして素朴さが受けている。 私も郷土玩具が好きで全国の郷土玩具を集めて いたが、年々数が多くなり。 飾る場所が無くなってしまい、家族にも不評で 仕方なく処分を始めた。 しかし長年集めて来たので処分となると、どれ からして良いのか迷うことになる。 その中にこの馬があり、何となく捨てがたくて 処分するのを止めたもの。
喫茶店 毎朝通っていた喫茶店、朝のコーヒーを飲むた めに、現役を退いても喫茶店は通っている。 朝自宅でコーヒーは飲むが、外は外で喫茶店に 行きコーヒーを飲むのが好きである。 自分好みの喫茶店を見つけてあるから、順繰り に喫茶店をめぐるのも楽しみの一つ。 当然だがリラックスできる雰囲気でないと折角 のコーヒーも旨くないものだ。 雰囲気が何より先に、そしてコーヒーの旨いの も必須条件、そんな店を探してある。 そこで出合う人達とも顔見知りになり、会話を 交わすのもまた楽しいものだ。
どんど焼き 1月15日は左義長の日、全国でこの日はお正 月飾りを焼い祝う日、各地で行われる。 いまや都会では行われていないようだが、地方 では今でも行われている正月行事の一つ。 正月飾りを焼いて無病息災を願う行事、都会で はなかなか焚火を焼く行事はしにくい。 しかし地方では今なお盛大に行うところもあり、 一月の大事な行事でもある。 瀬戸地域でも左義長をするところは減ってきて いるが町内で行われている。 集められた正月飾りを焼き、その火で餅を焼い て食べ無病息災を願う行事だ。
多種多様 フリーマーケットは好きで以前はよく顔を出し ていたもの、何が出ているのか分からない。 特に若い人が持ってくるものは予想がつかない が、ビックリするものもある。 こんなものが売れるのかと首をかしげることも あり、また興味もわくこともある。 だからフリーマーケットは止められないのだが、 骨董市場とは少し違っている。 プロではない人が多く、素人の目から見てもの も沢山あるからだ。 だからフリマーは止められないと思うもので、 楽しみのある市場でもある。
シェル 古時計には色々な種類の時計が存在しており、千差 万別の雰囲気が漂っているものだ。 製造された年代もさることながら、また種類も多く てひとくくりでは話せないのが実状。 長い年月製造しつくされてきた結果、数の多さもま た莫大な数になるのだと思う。 そんな古時計の中でも特殊とされているものに珍品 時計があり、この時計は普通のものと違う。 例えば形が変形型であったり、構造が全く違ったり と他の時計との違いが歴然としたもの。 この時計もその一つ形が貝殻の形をしたもの、特注 品の掛時計として造られたもの。
古民家 今年も始まる瀬戸のひな巡り、暮れから準備に 入ったが体調がすぐれないのだ。 年々年を取ったせいで重いものが持つのが辛く なってしまい、蔵から運び出すのが辛い。 特に御殿飾りは箱が重くて、その上階段がある ので一苦労することが多くなる。 その為今年は少し縮小してみることに、見学者 には申し訳ないことだが仕方がない。 自分の体力が先で、設置したくても体が付いて こない状態、年は取りたくないが現実だ。 なるべく重い箱は避けて軽いものを優先、見学 者には手抜きと怒られるかも知れない。
ぜんざい 今日は鏡開きの日、暮れにお供えした鏡餅をい ただく日、我が家はぜんざいだ。 各地でいろいろな風習があり、食べ方も色々あ るようだがわが家はこれである。 昔は少しかびているものが有り、母親がそのカ ビを取り除いていたのを思い出す。 今はかびの生えたものは食べないが、今はかび も生えない使用になっている。 鏡餅は包丁で切ることはなく、たたいて小さく するのも昔の習わしである。 切ることは縁起が良くないので開くと言い、鏡 餅は包丁で切らない風習だ。
イギリス 以前からウイスキーのボトルが好きでいろいろ と集めていたのだ、それも変わったもの。 陶器のボトルをはじめとして、形の変わったも の特に瀬戸で製造されたものを集めていたのだ、 それも磁器で製造された以前のもの。 瀬戸で製造され注文生産で海外に輸出されたボ トルを中心に集めていた。 地元では殆んど残っていないので、海外で見つ けるしかないと思っていた。 イギリスでやっと見つけて持ち帰って喜んでい たが、友人がこのボトルなら瀬戸に沢山あると 言われてしまった。
意外と古い 普通アンティークと呼ばれるものは100年以 上たたないとアンティークと呼ばない。 しかし最近は何でもアンティークとして扱って いるが間違いである。 100年以下のものはビンテージと呼ばれてい てアンティークとは区別されている。 この時計はアンティーク品、新しそうに見える が既に200年以上経っているもの。 1800年初頭のもの、意外と古く中の機械形 式をみけば旧式の機械で歴史が分かる。 インテリアとしては最適、漆塗りの上に貝螺 鈿がなされており、手が込んでいる。