『ロミオとジュリエット』

 

小田島雄志氏と松岡和子氏の翻訳を読み比べ。

  

 

 

 

以下、引用は『シェイクスピア全集2 ロミオとジュリエット/松岡和子訳、筑摩書房』及び『ロミオとジュリエット/小田島雄志、白水社』より。

 

 

 

恋愛脳に共感しきれない残念脳

 

『ロミオとジュリエット』は美しい物語だと思っている。

その上で、松岡訳に続き、小田島訳でも改めて思った――「ロミオ、やっぱり恋愛脳やなぁ」。

若いふたりの恋は不幸な結末になるが、自分たちの気持ちにまっすぐでお互いに誠実で、かわいいな~素敵だな~(稲川淳二風)とは思う。

一方で、ティボルトを殺した罪で追放されることになったロミオの言い分、「追放される(=ジュリエットと離ればなれになる)より死んだほうがまし」には、「いやいや、生きてるほうが断然いいでしょうよ。ドーパミン出まくりか!」と野暮なツッコミを入れたくなってしまうのだ。

 

でも、ロミオにはこう反論されるだろうか。

 

他人の傷痕をあざわらうのは、傷の痛みを知らぬやつだ。

 

(第ニ幕第ニ場)小田島雄志訳

 

 傷の痛みを知らないやつは、他人の傷をあざ笑う。

 

(第ニ幕第ニ場)松岡和子訳

(原文)He jests at scars that never felt a wound.

 

 

 

推しは陰から見守るタイプ

 

さて、「傷の痛みを知らないやつは~」のあとに続くのが、「どうしてあなたはロミオなの」で知られるバルコニーの場面である。

ロミオの恋愛脳はさておき、ロミオとジュリエットの流れるように紡がれる台詞は美しい。人口に膾炙する印象深い言いまわしがたくさん出てくる。

 

ところで、推しを崇めるときによく聞く「推し様の○○になりたい」という言いまわしをご存知だろうか。

例えば「推し様の座るあのイスになりたい」とか、「推しカプを教室の蛍光灯になって見守りたい」だとか。

 

ある種、オタクの癖(へき)を表すこの言いまわしが、バルコニーの場面を読んでいたら目に飛び込んできた。

 

あの手袋になりたい byロミオ

 

(o゚∀゚)ブハッ∵∴

 

ジュリエット会いたさにキャピュレット家の庭先に潜んでいたロミオが、バルコニーに姿を現した彼女を愛でる独白の一部である。

…庭先(※キャピュレット家の敷地です)に潜むっていうのも、冷静に考えると怖いんだけどね。

 

見ろ、あの人が頬を手にもたせかける。

あの手袋になりたい、そうすれば

あの頬にふれられる。

 

(第二幕第二場)小田島雄志訳

 

松岡訳はこう↓、ややマイルドな雰囲気なので、

見ろ、小首をかしげ頬を片手に預けている。

あの手を包む手袋になりたい。

そうすれば、あの頬に触れられる!

(原文)

See, how she leans her cheek upon her hand!
O that I were a glove upon that hand,
That I might touch that cheek!

 

 

ストレートな小田島訳がオタクセンサーに反応したのだろうか。

「推し様の○○になりたい」の元ネタが『ロミオとジュリエット』だったとは。

 

 

 

ロレンス神父って何者なんだろう

 

ジュリエットに一目ぼれしたロミオだが、友人たちにもその想いを打ち明けられない。
そんな彼が心を許して相談するのがロレンス神父だ。年配で、思慮深く、ロミオの良き理解者でもある。
神父はふたりを密かに結婚させ、さらにはジュリエットを仮死状態にする薬まで調合する。
徳も知性も持ち合わせたロレンス神父は、ふたりを助けようと奔走する重要な役どころだ。ただし、結果的にその善意が悲劇を招いたというのが皮肉なところ。

 

ヴェローナを追放されることになり命を投げ出す勢いのロミオに対し、ロレンス神父は憤慨。恋愛脳ロミオはロレンス神父に懇々と諭される。

ロミオもやがて気を取り直すが、果たしてロレンス神父のお説教が利いたのか、あるいは乳母がジュリエットから持たされた指輪に触れて元気が出ただけなのか。

 

ロレンス神父がロミオに説教するその傍らには、ジュリエットの使いである乳母も同席していた。

説教を一緒に聞いた乳母の感想がこちら。

おお、一晩中でもここにとどまってありがたいお諭しを聞きたいものです。

学問ってたいしたもの。

 

(第三幕第三場)

 

ほんとそう。乳母もたまにはいいことを言う。

『ロミオとジュリエット』の舞台は、16世紀前半のイタリア・ヴェローナがモデルとなっていて、ロレンス神父が属するフランシスコ会修道士は、当時、教会の中でもかなり高い教育を受けた階層だったようだ。

 

ちなみに、ヴェローナの大公・エスカラスもまた、言っていることがいちいち真っ当。
ロレンス神父とエスカラス――このふたりの理性ある言葉に触れていると、心が少し落ち着くのだ。

 

 

 

少女が大人になってしまう物語

 

物語の序盤では、ジュリエットは「親の言うことを素直に聞く娘」という印象だった。
しかし、パリスとの結婚を一方的に決める両親の理不尽さを目の当たりにし、さらに乳母の裏切りに遭ってからは、その内面がすっかり大人びていく。

ロミオと自分のために覚悟を決めたジュリエットは力強く輝いて見える。

 

これから神父様のところへ行こう、救いの道を求めに、

すべてがだめでも死ぬ力だけは残っているわ、この手に。

 

(第三幕第五場)小田島雄二訳

 

ジュリエットの両親があまりにもクソだからこそ、ふたりの恋はなおさらまぶしく見える。

理不尽な世界の中で唯一まっすぐで誠実な光が、この物語を美しいものにしているのだと思う。

 

 

おわり。