ニュースで見覚えのある地名。

ここはあたくしが19歳の頃に入院していた大阪府立精神医療センターのすぐ近く。


いつもこの付近で事件が起こると、通院している患者さんがやらかしたのかな?ってあたくしは考えてしまうけど、今回はそうじゃなさそう。
まぁ宮之阪の付近に住んでいるからってみんな患者なわけではないもんね。


あたくしが精神医療センター(その当時は中宮病院)に入院してたのは半年間だったけど、人生の中であの半年間はとても濃い時間だったように思う。


気づけばもうあれから20年以上経ってしまった。
でもあたくは、あの半年間のことを、これからもずっとずっと忘れずに覚えていたい。


あの時同じ入院仲間だったあの子やあの子は、今どうしているのかな?と、年に数回くらいふと思い出すことがある。


その中でもよく思い出すのは、自殺した優子と千春。
他にも自殺した子はいるけど、優子は右隣のベッドだったし千春は隣の病室でよくあたくしに懐いてくれたから、2人は記憶に焼きついてる。


優子はあたくしと同い年だった。
顔がすごく整った美人で、あたくしはいつもその顔に見惚れていた。
優子自身も自分の容姿が綺麗なことを分かっていたのか、よく自信がある発言をしていた。
あたくしが『優子は本当に美人やなぁ、芸能人になれたよ。』と言うと、いつも嬉しそうにしてた。
幻聴とよくお喋りしていて、幻聴と喧嘩になったりもしてた。
たまにおかしくなるけど基本的に明るくて、ちょっとツンとしてて、オシャレさんで、お見舞いに来るお母さんには我儘を言ってた。
あたくしが退院したすぐ後に優子も退院して、定時制高校に通いだしたと聞いていた。
でも程なくして自宅マンションの屋上から飛び降りて死んでしまった。


千春は、親に虐待されて施設に保護されていた子で、その経緯や生い立ちをとにかく誰かに聞いてもらいたい子だった。
いろんな人に、虐待の経緯を書いた日記帳を読んで聞かせていた。
あたくしも聞かせてもらった。
あたくしにも懐いていけど、いろんな人に懐いて付きまとっていたように思う。
そしてたびたび自殺を仄めかして自殺未遂をしていた。
『これから自殺するから』と予告しに来ることもあった。
とにかく愛に飢えていて、誰でも良いから自分を構って欲しかったんだろうと、今となっては痛いほど分かる。
そしてある夜、保護室でパジャマで首を吊って本当に死んでしまった。
あたくしが知っている限り、千春には最後まで家族も誰もお見舞いに来なかった。



それから、さおちゃん。
病室は離れていたけど、何のきっかけだかで一番仲良くなった子。
前髪に以上なこだわりがあって、美容院では定規を使って切ってもらってると言ってた。
たまにお見舞いに来るお母さんは、いつも綺麗なお洋服を着ててすごく美人だった。
寝る時以外は自分のベッドには乗らないという謎のこだわりで、あたくしのベッドでは毎日昼間爆睡してすごく困った。
大晦日の夜ほとんどの子が実家に帰るけど、一部帰らない子もいて、あたくしとさおちゃんも帰らなかった。
普段は夜22時になると食堂のテレビは消されてお薬の時間になって電気を消されて就寝なんだけど、大晦日だけは特別にテレビを観させてもらった。
紅白歌合戦を観た。
でもお薬の時間はいつも通りだから、飲んだ薬が効いてきて2人でテレビの前のソファで寝てしまい、結局紅白は最後まで観れず、看護師さんに叩き起こされた。
肩こりがひどいらしく、肩や背中を思いっきり殴ってとお願いされて、あたくしはよく殴ってあげてた。
さおちゃんはあたくしが入院するずっと前から子供の頃から入院していると話していた。
あたくしが退院した後もずっと入院してて、何度かお見舞いに行った。
その頃付き合ってた彼氏と一緒に行ったこともある。
でもさおちゃんは、薬が強くなっていったからか、次第におかしくなっていった。
顔色が悪くなっていって、酩酊状態のようになって、ろれつも回らなくなっていった。
話も通じなくなっていった。
そして、あたくしはお見舞いに行かなくなった。



左隣のベッドのメグ。
身長が170センチくらいあってスタイル良くて、顔はジェーン・バーキンの若い頃に似てて、本当にモデルさんみたいな子だった。
毎朝起きたら必ず化粧水とかでお肌のお手入れして、ちゃんとメイクして、病院のグラウンドをウォーキングしていた。
私が退院してからしばらくしてメグも退院したと聞いたけど、その後何度も入退院を繰り返していた。
その後、人づてにメグがマンションの屋上から飛び降りたかもしれない、と聞いた。
結局死んだのか生きてるのか今も分からない。





それから、優。
ガリガリでちっちゃくてショートカットのボーイッシュな子。
一緒に外出許可をもらって、優と優のお母さんの車で優の家に遊びに行ったことがあった。
お父さんもいて、みんなで夕食を食べた。
そうそうその前に、千林大宮の安いお洋服屋さんとクレープ屋さんを教えてもらったんだった。
優からは退院してからもあたくしの実家に電話を何度かもらっていたけど、あたくしはもう実家に住んでなかったから直接喋ることはないまま、それきりになってしまった。



隣の病室の南。
南っていうのは下の名前じゃなくて苗字。
顔が広末涼子にちょっと似てたから、その頃広末涼子が死ぬほど好きだったあたくしの憧れだった。
あたくしが着ない服を欲しがったのでたくさんあげた。
南は何を着てもよく似合ってた。



子供を産むためにこの病院に入院したんだと言っていたテラシマ。
女の子なんだけど、普段自分のことを『僕』と呼び、男のような喋り方だったけど、日によって性別が変わってるようだった。
見た目はボサボサ髪が目にかかってて顔が隠れていたからか、どんな顔だったかハッキリとは思い出せないけど、
丸っこくて小さくて、男のように振る舞う雰囲気がパタリロを連想させた。
一度だけ、あたくしのベッドで夜一緒に寝た時はいつもと違う子供のような喋り方になり甘えてきた。
そんな一面もあったのかと驚いたことを覚えてる。
翌朝おねしょをしていて、シーツやら何やら取り替えるのが大変だった。



それから、女王。
どうしてそう呼ばれていたのかは分からないままだったけど、黒髪ストレートロングのセンター分けでエキゾチックな顔だちと人に媚びない性格だったから、その呼び名は彼女にピッタリだった。
その頃、醜形恐怖症真っ只中で『退院したら整形する』という話をことあるごとにしていたあたくしに、あるとき女王は『するならここがいいよ』と東京の美容外科をお薦めしてくれた。
女王は整った顔をしていたけど、その美容外科で整形したのかとは最後まで聞けなかった。


他にも、レオナルドディカプリオが好きで、ご両親とヤクザみたいな彼氏がしょっちゅうお見舞いに来てけど、病棟のトイレで自殺してしまった美香ちゃん。

頭を壁に打ちつけるからヘッドギアを付けられて、リストカットするたびに血まみれの腕をいろんな人に見せに行ってたみっちゃん。

病棟の公衆電話から何度も警察に『おとうちゃん?』と電話して、しまいに警察から激怒されていた和子ちゃん。

工藤静香の写真と鏡に映った自分の顔を交互にずっと見ていて、たまにあたくしのロッカーのお菓子を盗んだ向かいのベッドのお姉さん。

食堂のやかんのお茶をたびたび飲み過ぎて食堂の床に吐き散らかしていたあの子。

入院しているのに、いつも綺麗な女の子らしいお洋服を着ていたオシャレなあの子。

鏡を常に持っていて、いつも自分の顔を確認していて、誰かに会うたびに自分の顔を指さして『ふちゅー(普通)?』と聞いて来てたあの子。

髪が長かったあたくしのことを『セーラームーンや』と言ってた男子病棟のあの子。


何のきっかけだかで男子病棟VS女子病棟で喧嘩になって、スリッパの投げ合いをして看護師さんに怒られたこともあったっけ。


いろんな子がいて、いろんなことがあったあの半年間。


退院するとき連絡先を交換した子も何人かいたけど、あたくしは携帯番号をコロコロ変える癖があったし、連絡先を書いてもらった手帳もなくして、結局もう誰とも繋がっていない。


みんなどうしているんだろう?


生きているのかな?
それとも死んだのかな?


さおちゃんは、どうしただろう?
退院したの?
まだ入院してるの?
もう生きていないの?
もし生きていても、もうあたくしことなんて忘れてしまったかな。