HOW TO ハムカツ | 【続】ネコ裁判  「隣のネコも訴えられました。」

HOW TO ハムカツ

2006-06-17 17:33:04


「ええハム貰って持ってきたんだけどさぁ~~~山田屋さんカツにしてくれんかぁ~~~!?」


決してセンスが良いとは言えないワイシャツ。

ノーネクタイの向こうに覗く金のネックレス。

そしてサングラス。


一見「ヤの字」に見える弁護士……ヒデさんだ。

そしてその後にクマさん。


大きなヒデさんの陰から手を振っている。


カウンターまで歩を進めるヒデさん。

ワタシも席を立って出迎える。


ヒデ      「いや~~~肉屋の遺産相続片付けたらさ……『ほんのお気持ちですが』って

         高級和牛の詰め合わせのついでに貰っちゃってさぁ……。」


言いながら紙袋をカウンタにドサリと下ろす。

覗き込むと「まー一本まー一本とっ!」のメーカーのゴツくて高そうなハムが2本……鎮座している。


ヒデ      「いや~実は3本貰ってさ……山田屋のハムカツの作り方をクマに聞いてさ……

         うちの女房に作らせたんだけど……全然上手くいかなくってさぁ……。」


二人の話をニヤニヤ聞きながら……クマさんはカウンターに腰を下ろした。


ヒデ      「だいたいハムって乾いてて小麦粉が上手くつかんのよな……。

         そこから上手くいかんのよな……。」


紙袋に手を突っ込むと……


ヒデ      「うちは夫婦2人分とココでのツマミ分だけでいいからさ……

         揚げるばっかりにしてパックしてよ。

         後は山田屋さんが貰ってくれればいいからさ……。」


そう言って指で「コレ位」とハムを指し示す。


タロウ     「えっ!?こんなに貰っていいんですか?」


山田屋の取り分ハム一本半強……。

ありがた過ぎる申し出に口元が緩む……


だが……


ヒデ      「その代わりっ!!仕込みの様子を見させてもらっていいかい?」


カウンターのイスを、明後日の方向にどけると……中を覗き込むベストポジションに陣取った。


あまりの強引さ……


タロウ     「あ……はぁ……。」


と返事をするしか道は無く……

一杯二杯と呑んでしまって、今日はもう働かないつもりだったが仕方なく……腰にエプロンを巻いた。


タロウ     「あのーヒデさん……。」

ヒデ      「ん?」

タロウ     「別に作り方を『教えたくない』わけじゃないんです……。」

ヒデ      「ほう……。」

タロウ     「隠すほどの秘密の技もありませんから……ただ……。」

ヒデ      「ただ?」

タロウ     「同じようにやったつもりでも……同じモノが出来るとは限らないんです……。」

ヒデ      「ふむ……。」


そう……キッチリ教えたつもりでも……手の内全て見せたつもりでも……

その通り全く同じモノが出来る保障は無い。


むしろ違う味になるのが常だ。


「言われたとおりにやったのに……」


そう言われながら「まだ何か隠してる事があるでしょ?」心の中で思われるのは辛いのだ。


タロウ     「じゃ……行きますよ。」


柄まで一枚のステンレスで鍛られた……愛用の肉切り包丁を取り出す。


ヒデ      「おっ……おうっ……。」


いつもの営業スマイルが一瞬で消え……料理人のそれへと変わったのがわかったのか……

ヒデさんは生唾を呑み……少し離れたトコロのクマさんはイスから立ち上がり覗き込んだ。




刃の根元で、ハムのビニールに切り込みを入れる。

そこから真っ直ぐに反対の端まで一筋。


手首を捻りテコを効かせ……一気にビニールをめくる。


ヒデ      「ほぅ……。」


ハダカになったハムを1cm間隔。

研ぎ備えられた包丁で、バターのようにスライスしていく。


タロウ     「ココからが大事です。」


厨房の脇では、母ヨシコが既にフライ用に小麦粉・とき玉子・パン粉を用意中。

その様子を確認しながら……


タッタッタッ……


スライスされたハムの表裏に等間隔で切り込みを入れる。

いわゆる隠し包丁だ。


ハムはそもそもどんなに良いハムでも固く感じる。

燻製加工品の宿命である。


まぁもちろん、それがあっての「ハム」なのだが……


タロウ     「ハムって燻製ですから水分少ないですよね……だから小麦粉がつきにくいんです。」


クマさんとヒデさんの顔を確かめながら……小さく解説を入れる。


タロウ     「だったら水分増やしてあげるんですよ……こうやって。」


バットに満たされた牛乳に、隠し包丁の入ったハムを少し反らしながら潜らせる。

表裏と……。


クマ      「ほう……。」


不精に生えた顎ヒゲを軽く触りながら……クマさん。


タロウ     「で……次にこうです。」


同じようにハムを反らせて黒コショウを軽く振り掛ける。


そして反対の手で軽く擦り付ける。

すると……隠し包丁の隙間に黒コショウの粒が挟まる。


タロウ     「これでしっかり小麦粉がつくんですよ。」

ヒデ      「ほ―――――。」


関心するヒデさん。




とりあえず2~3枚最後まで仕上げると……


タロウ     「こんな感じです。」


と母ヨシコにバトンタッチ。

エプロンを外して厨房から出る。


タロウ     「じゃあ今から母が揚げますんで……。」


そういい残して、裁判所帰還組のテーブルに戻ろうとしたその時……。


ヒデ      「ところで山田のボン。」


肩を掴んでヒデさんが引き止めた。


タロウ     「はい?」

ヒデ      「なんで今日は仕事せずに呑んでるの?」

タロウ     「あっ……はい……実は……。」


ヨシヒロさん・芝田君の顔をチラリと見ると……向こうもちょっぴり心配そうにワタシを見ていた。


ヒデ      「ハムカツツマミながら一緒に呑もか?」


勝手に棚からビールグラスを2つ拾うクマさん。

ヒデさんは自然かつ強引に……ワタシの席一つ空けてヨシヒロさんの横に座った。


ヒデ      「お母ちゃんっ!!ビール頂戴っ!!それからコチラさんにもカツ出してやってっ!!」




以下次号。xy.MWeEmpM