ついに救急車を呼ぶことに成功。しかし、まだスタートラインに立ったばかり。果たしてこの腹痛の原因とは?
幸いなことに、すぐに救急車は到着した。日本の救急医療体制に感謝せざるを得ない。
「く」の字のまま全く動けない私に救急隊員が話しかける。
どこが痛いの?いつから痛いの?背中は痛む?吐き気は?
返事は全てクビを動かすだけ。口から漏れるのはあ゛あ゛とか、う゛う゛とか濁点ばかり。
そう、私は知っている。ここからが長いのだ。1ヶ月前に経験したばかり。
痛み止めを救急車では打ってくれない。最低限の患者の状況を病院に伝えるだけなのだ。
会社の人が次々と集まってくるが、気にならない。パンツを見られているがだからなんだというのだ。
「胃がんで、治療中で、1ヶ月前に腸閉塞をやって、○○病院に連絡してください・・・」
なんとかそれだけを伝えると、とりあえず担架に乗せられて救急車の中へ。
会社の人が家に連絡をしたいとスマホを差し出す。そう、憎き指紋認証だ。
震える手で人差し指を差し出し、なんとかロックを解除する。後の連絡はまかせた。
その間、お腹を触診したり、バイタルチェックが始まるが、じっとしていられない私にはそれすらも困難。
うずくまったり、起き上がったり、まな板の上で跳ね回る魚のよう。少しでも楽な体制を見つけようと必死だ。
救急隊員はバイタルのチェックをほぼあきらめた様だ。その間にも○○病院へ連絡を取って受け入れの要請をしている。
動かない様にベルトで固定しようとするが、暴れるのでとにかく機材にぶつからない様に毛布をあちらこちらに巻いてくれている。
嫁さんとは連絡が取れた様子。直接病院に行くらしい。
とにかくお腹がねじれる様に痛い。早く出発してほしい。会社から病院までは救急車でも20分はかかるはず。
前方の救急隊員が「受け入れOKです」と言った。いよいよだ。
担架への固定はあきらめた様で、救急隊員が身体を支えてくれる。サイレンを鳴らし、救急車は滑る様に出発する。
私はといえば、息は絶え絶え、我慢できる体制でじっとして、痛みだすと暴れてを繰り返す。困った患者なのは自覚してる。
前回は一度かかりつけの病院に寄ったので、もう限界!となってから手術まで2時間ほどだったとおもうが、今回は違う。
向かうのは手術のできる病院だし、この後の流れも分かってる。だから、痛みはひどいものの、精神的には僅かに余裕があった。
相変わらず、救急車はまったく立ち止まることもなく、道を走っていく。ありがとう、日本の交通マナー、ハロー、アゲイン。
不意にサイレンが停止する。そう、病院に着いたのだ。
救急センターに横着けされ、救急車から担架が外へ出される。
すでに看護師さんが数名待機していた様だ。固定されていない私のまわりに救急隊員や看護師さんが身体でバリケードを作り、担架から落ちないように支えている。看護師さんの「暴れないで!危ないから!」の声も懐かしい。アレ?デジャブ?
再び治療室までの廊下を人の群れが走り抜ける。
「また来たの??」
不意に看護師さんから声をかけられた。
冷や汗ダラダラで青ざめた顔を上げると、そこには1ヶ月前に迷惑をかけた看護師さんが。
「また来ちゃいました〜」
か細い声で答える私。周りを見ると、見覚えのある看護師さんばかり。いつも同じメンバーなのか?シフトが一緒なのか?
知った顔を見たおかげか、一瞬だけ痛みを忘れて笑うことができました。
看護師さんたちには驚きというより、あきれられていたかもしれませんが、とにかく私はまたこの場所に戻ってきたのです。
まるで放流された魚が遡上するかのように。