という運動が、一昔前、
世界的に流行った。
「女性の解放」を掲げ、
男女同権、女性の社会進出を牽引したムーブメント。
能力ある女性が、
性別を理由に仕事に就けなかったり、
”職業婦人”が、
「結婚していないから」
という理由で、白い目で見られなくなったり、
「ウーマンリブのお陰さま」
で、私たち女性は自由になった”部分も”ある。
そこは、感謝。
だけどあえて、
”部分も”ってトコを強調したい。
夫の仕事も手伝っているけれど、
私はキホン、専業主婦。
別に、夫の稼ぎがよくて
働かなくても良い環境にある訳じゃないし、
働けない事情があるわけでもないけれど、
今は、働いていない。
その状況に、
とても満足中。
少し前は働いていたので、
経済的なゆとりもあり、
たまの休みには、
二人でおでかけ~
の予定だったのに!!
家事と仕事の両立が難し過ぎて、
たまの休日は、ひたすら眠って、
体力温存・・・
夫は付き合いの多い人で、
かつ、仕事にも影響があるものだから、
友人と会う時には私も随行している。
なので、たまの休みは
体力温存と、接待交際に消費されていた。
私の給料分が、
そのまま接待交際費に消えていく日々。
虚しい...
なんだかなぁ、な
微妙な気持ちで仕事を続けていたけれど、
ある日、会社で社長にブチ切れられた。
しかも、理由が全く分からん。
癇癪癖のある人だったので、
日々、社員はどなり散らされてはいたけれど、
それまで私には、なぜか優しかった社長。
(私にだけ)優しい社長が
ある日、豹変。
意味もなく、どなられる。
前は誉められていたことを
全否定する。
仕事の一挙手一投足にも口出しして、
仕事も進まない状態に。
元々、「なんだかなぁ」な気持ちでいた私は、
そこから仕事が憂鬱に。
何より、やっぱそんな環境に
自分から毎日行かなきゃならないってのが嫌。
「なんのために?
小銭のために、
私は何かを犠牲にしてない??」
奴隷の鎖を引きずる気持ちで、
なんとか会社に体を運ぶ日々。
そしてある日。
澱んだオーラを発する私に、夫が
「そんなに嫌なら、辞めちゃいな。
お前がやめたって、なんとかなるよ。
そんな気持ちで、働かせたくないよ。
なんとかなるから、大丈夫!」
と、声をかけてくれた。
「私の給料入らなかったら、
生活どうすんのー!!」
って言ったけれど、
心の中では、すでにスキップしてた。
「仕事から解放される!!!」
そして、解放された私が、
今のわたし。
仕事をやめてもう4年になるけど、
生活はなんとかやっていけてる。
収入の絶対値が減ったので、
接待交際費を大幅に削り、
今は、本当に必要な人とだけ、
会うようになった。
無駄な支出も、
無駄な体力消費も、
しなくてよくなった。
そして何より、
ただただ、心がフリーダム。
今まで使っていた仕事の時間を、
ボランティアに費やしたり、
夫の仕事を手伝ったり、
家を清潔に保ったり、
そんなささやかなことが、
こんなに幸せだとは、知らんかった。
母や、祖母が、
当たり前に繰り返していたことに
私もまた、喜びを見い出すことができた。
仕事に使命感を感じて、
そこで自己発揮・自己実現して
世の中の役にたてる女性って、
やっぱりいると思う。
ウーマンリブで、
そういう女性が
活躍できる世界になったっていうのは、
本当に素晴らしいこと。
だけど
ウーマンリブが行き過ぎて、
「女性もバリバリやらなきゃダメ」
なんだと、私は勝手に思い込んでいた。
私は残念ながら、
仕事に使命を感じられるタイプでも、
バリバリ出来るタイプでもなかった。
なのに、バリバリやろうとしてた。
無理してた。
知らない間に、
自分の小さな幸せ、
自分が使命感を感じられるフィールドを
犠牲にしながら、
”小銭のために”働き続けていた。
決して私は、
女性の中のマイノリティではないはずだと思う。
仕事がバリバリできて、
そこに喜びと使命感を感じられる女性の方が、
少ないのではないかと思う。
こうして今、
私が仕事から解放されて、
フリーダムになったから言える。
女性のみなさん、
肩の荷、降ろしてみませんか??
ウーマンリブで、女性は解放されたけど、
仕事の奴隷になっては、ダメだと思う。
仕事の主であるべきだし、
それができなくても、
決して恥ずかしいことじゃないって、
感じてほしい。
愛する夫を持ち、
家族を持ち、
自分の豊かな世界から、
愛する人に
豊かな愛のエネルギーを流すのが、
妻の仕事。
それは恥じることではなく、
誇らしいことだと思う。
その誇りある仕事を手放して、
小銭のために働くことを、
私はやめた。
本当の意味で”解放”された。
解放された自由な心で、
私は今日も、夫の帰りを待つ。
ゆったりとした時間の流れのなかで、
自然に触れ、愛猫と過ごす日々。
仕事ではないコミュニティのなかで、
人とふれあい、
喜びが増えていく。
私の中で循環する愛のエネルギーは、
疲れて帰った夫に注がれる。
そのエネルギーを持って、
明日からまた夫は、
世界を豊かにしてくれるだろう。
自分が主役じゃなくても、構わない。
愛する人たちが、自分の存在によって
さらに仕事に打ち込めるなら、
脇役で構わない。
毎日、上手に愛を注ぎきれないけれど、
確かに私は今、
自由と創造性を感じている。
私のエネルギーが、
夫を通して、世界を豊かにしている。
自分で仕事をしているより、
世界との繋がりを感じられる。
仕事、やめてよかった。
社長、いきなりブチ切れてくれて、
ありがとう。
夫、
私を仕事から解放してくれて
本当にありがとう。
この自由を、
多くの女性が感じ、
多くの女性が、
仕事から解放されますように。
