兼家(段田安則)は自分の死期を悟り、3人の息子を呼び自分は出家し家督は長男道隆(井浦新)に譲ることを宣言する。家督を譲られることを期待していた次男道兼(玉置玲央)は激高し、兼家に詰め寄るも「人殺しに家督を譲れる訳がない。お前はこれからも汚れ仕事を請け負うのだ」と言い渡されてしまう。
第13話で政は民の為でなく、家の繫栄の為にある_と言い切った兼家である
自分も手を汚して得て来た今の地位と権力を、汚れのない道隆に譲ることに一点の迷いもない
汚れのない道隆の政は、民の事は一顧だにしない。人は貴族のような尊き人々だけで、貧しきものはカウントされない。国の土台を造る民がどうなろうと道隆には見えていない。彼に見えているのは内裏で自分の身内の位をあげるパワーゲームだけなのだ。。。道長は民への配慮が全くない、道隆の政に異を唱えるが、摂政とその甥である幼い一条天皇の命令に逆らうことはできない><
道長の焦燥はどんどん激しくなる。民の為に出来ることをすると決意して、恋も諦めパワーゲームに身を投じたのに発言力は弱い。父が亡くなった後の兄の暴走を止められない
妻の源高明の娘明子が、父家兼を呪詛し死に至らしめたことにも気づいていない様子。。。
今の道長はまだまだ御曹司であり、志が高くても権謀術数をめぐらす胆力はない
これからの政を動かすために、彼も様々なことに手を汚さなければならないことを思うと、心が痛む
まひろは子どもに文字を教えていたが、百姓の子どもは死ぬまで畑を耕して死ぬのだから文字など必要ないと少女の父親に拒絶されてしまう。文字を習う為の時間を取る為に親を説得することもできない自分が不甲斐ない。
清少納言(ファーストサマーウィカ)のように文化の中に身を置き、学問も含めて様々な情報を得て自分自身を豊かにして暮らしたいというようなはっきりとした要望もない。まひろの民の為に尽くしたいという願いは道長と同様、志は美しいが漠然とし過ぎて形にするのが難しい
同じ月を見上げる人の想いは本当にそれぞれだ。光る君を『月』が象徴している。