#ギイタクif



あなたは、僕を好きではありません。

ちゃんと知っています。

今までも

これからも。

好きになることは無いでしょう。


それでも僕は、あなたを好きでいると思います。



それは、不意に口をついて出てきた言葉でした。


「あなたが好きです」

どうしようもなく

沸き起こる気持ちでした。


あなたの困った顔を見ても

取り消しようのない、この気持ちは

行き先なく

でも、無くすことは出来ないものでしたので


『僕はあなたを好き』

それは如何ともし難い事実で


でも


あなたは何もしないでそのままでいてください。

僕は何もあなたから得ようと思っていないから。


ただ

ただ好きでいさせてください。


「ギーイ」

あなたが友達から呼ばれています。


僕は反射的に、その方向を見ました。


仕方ないです。

好きな人の名前が聞こえたら、そっち見ちゃいますよね?


あなたは友達に笑い掛けて、

それから僕の視線にも気付きました。


迷惑そうな苦笑い。


別に僕のことは、その辺の石ころくらいに思ってくれていいのですが

好きだと言ってしまった手前、石ころにはなれないようです。

煩わせてすみません。


僕は視線を逸らしました。

あなたのことは見ていたいけど、見られるあなたはわずらわしいでしょうから。


なのにあなたは、僕を見てました。


それからおもむろに口を開きます。

「おはよう葉山」


…丁寧な対応、痛み入ります。

僕なんかにも挨拶してくれるんですね。


いえ、嬉しいですよ。

めちゃくちゃ。

「おはよう御座います」

僕は頭を下げました。


あなたは


さっきとまた違う苦笑をしてました。


朝陽に

あなたの髪が透けて

とても


綺麗でした。


泣きたいほど。




あなたとは、しばしば校内ですれ違います。


「あ、葉山」


気付きませんでした。

僕は顔を上げます。

「朝はどうもありがとうございました」


あなたが怪訝そうにしています。

意味が通じなかったのでしょうか。

「わざわざ挨拶してくれて、ありがとうございました」

僕は言い直します。


あなたは吹き出しました。



あなたはまだ肩を揺らしながら笑っています。

「いや、挨拶してお礼言われたの、初めてかも」


まぁ…

僕も他の人なら、いちいちお礼言いません。


でもあなたは、僕に好きだと言われて

困っている人なので。


困っているのに挨拶するって破格かな、と思うんですけどね。

ホラ、期待させるんじゃないか?

とか、危惧しません?


黙った僕に


「じゃあね」

あなたは手まで振ってくれました。


…やっぱり破格ですよ。


あなたの優しい笑顔に涙が出そうでした。




「はーやま」


あなたの声に呼び止められて

僕は何か用事があったっけか、

と振り返りました。


あなたは笑顔で


…カッコいいですね

一瞬見惚れました


「一緒帰ろか」


とんでもないことを言いました。


普通

自分のことを好きと言った

だけど

自分は好きではない相手と帰ったりするものでしょうか。


戸惑う僕の背を押して

あなたは駅へ向かって歩き出しました。


僕は失礼にならない程度にあなたの顔を伺い見ます。

「あの?

 何で僕と帰るんですか?」


あなたは僕に優しい顔を向けました。

「んー?

 朝、こっち見てたじゃん?」


僕は首を横に振りました。

「見てたわけではないです。

 あなたの名前が聞こえたから、反射的に振り向いてしまっただけです」


あなたはふわりと笑いました。

「ああそういうところがさ」


僕は首を傾げます。

「?どういうところでしょう?」


「葉山は意識してオレを探してるわけじゃないから」


「探されるのは重荷でしょう。用もないのに」


あなたは、品良くうなずきました。

「うん。そういう心掛けも含めて。

 謙虚だよね。

 それと葉山の目がね」


「僕の?」

あなたの目はキレイなキレイなブラウンです。

茶色ってこんな綺麗な色もあるんですね。


でも僕は純日本人の黒ですよ。

めちゃくちゃ普通です。


あなたが人差し指を顎に当てます。

絵になりますね。

「他の、こう…取り入ろうとか、気に入られようとか、掛け値なく、なんての?無償の?」


「有償のわけないじゃないですか」


あはは、とあなたは笑って

「うん。そういうとこ、いいな、って。

 皆んな媚びるじゃん?

 自分を良く見せようと」


「僕はどうやったって、良く見えたりしませんから、そんな努力しません。無駄です」


「いや、いいよ、それ、全然いい。

 他の奴らの視線は、気持ち悪い」


僕は首を傾げました。

「気持ち悪い…」


「葉山は、何ての、あー空が青くてキレイだな、って眺めてる感じ?オレに何の期待もしてないじゃん」


「しませんよ。

 僕があなたに何を期待出来るって言うんですか」


「え、一緒帰りましょ、とかさ」


「一緒に帰ってますね」

さすがに距離近くてドキドキしますよ。


僕は意識してしまって気まずくて地面を見ました。

「…光栄です」


あなたは笑って

「何それ、オレただの高校生だっての」

僕の頭をポンと叩きました。


ああ…


どうしましょう


ますます好きになります。


いや


こんなあなただから、僕は好きになったんだと思います。


素敵な人ですね…



あれからあなたは何度か一緒に帰ろう、と声を掛けてくれていました。


その日も、たまたま帰りがけに僕を見たらしく、誘ってくれてました。

「うーん、葉山、もうこういうの止めない?」


「こういうの?って何ですか?

 止めるにしても、そもそもが別に何も始めてませんよ」


あなたが、手のひらを上向けて、僕からあなたへ動かしました。

「葉山がオレに憧れる、的な」


「…それだけでもダメですか。

 そういう気持ち向けられるの、嫌なものですか」


「いや、さ、そうじゃなく。

 オレも好意を向けられて、何も気にせずいられるほど冷徹じゃないんだよ?」


どういう意味でしょう。


あなたは困った笑いを浮かべました。

「気にしちゃうじゃん」


気にしてもらえるのは嬉しいです。


「その、男だしさ、いやオレ男からも告白されるから、それはいいんだけど、だけど付き合うとか日本ではハードル高いし、友達?いや、好きって言ってもらったから、カテゴリー違うか」


「僕は」

あなたにそんなことを思い煩わせていたのですか。

申し訳ないです。


「僕はあなたを好きでいさせてもらえたら、それでいいです」


他に何を望むのでしょう。


あなたは首を傾げます。

「それはどうなのかなぁ」


「どう、って」


「好き、って相手の何もかも欲しくなるものじゃない?時間も、視線も、関心も」


「…分相応であれば、そうかもしれません」


あなたは嫌そうな顔をしました。

「それは、葉山も決めていいけど、オレにも決める権利はあるだろ」


怒らせましたか。

「すみません。

 あなたの考えも聞かず」


「そう、オレの考えも聞いてよ」


「はい、もちろんです」


真面目だなぁ、とあなたは笑って

「オレは葉山をちゃんと気にしてるよ?」


気にしてもらえる存在…

嬉しいですね。

皆んな僕に無関心でしたから。


僕はまつ毛を伏せました。

「嬉しいです。

 気にしてもらいたいから」

あんまり気にしてもらえる子じゃなかったから。


ふと視界が暗くなって、まつ毛に何か触れました。


驚いて目を上げたら、あなたの顔が至近距離にありました。


「あの?今何か」


「日本人の髪の色は綺麗な黒だね。

 まつ毛もなんだなぁ、って触ってみたくなった。

 あ、オレ日本人じゃないから、思ったら動くからね。したいことするから」


じゃあ今まつ毛に触れたのは、あなたの唇ですか?


…それってキスですよ