#ギイタク

2nd



思うんです


あなたがいない長い一生より


あなたといれた一年だけの人生の方が

僕はいいな、

って



その日は、とても身体が軽くて。

「?薬飲み忘れたっけ?」

薬の箱を見る。

けど、ちゃんと今日の分はなくなっていて。


副作用が感じられない。

身体から薬が全部抜けたみたいだ。


…気持ちいい


僕はギイの肩に手を置いた。

「ね、ギイ、今日体調いいんだ」


ギイが笑顔で振り返る。

「へぇ?良かったな。

 どこか行きたい?何したい?」


僕は最近、しばしば身体がしんどくて、ベッドの住人になることが多かった。


けど、今日は身体が動かせる。


したいこと…


「ギイと恋人じゃなくなりたい」


ギイが、何を言い出すのかと目を丸くする。

「はあ?」

「入籍したい」


ギイは開いていた口をため息をつきながら閉じた。

「びっくりさせんなよ。

 いきなりここまできて別れ話かよ、って心臓止まる」


「別れることは、今まで何度も何度も考えたよ?

 ギイが僕から自由になれたら、違う人生が待ってるんだろうな、て、やっぱり思うし」


「おい」


「でも、ギイがそれを望まないだろうし、僕も望まないし、僕が望んだとしてもギイは喜ばないし」


「怒るぞ」


僕はうつむいた。

「…うん。

 愛されてるし」


「分かってるんならよろしい」


「だからね、もう恋人じゃなくなりたい」


「いいよ。

 パートナー?縁組?」


「最後には同じところで眠りたいから、家族になりたい」



今まで何度も

別れようとした。


別れたらあなたを忘れられるのかな

あなたから忘れられちゃうのかな


あなたと恋人じゃなくなったら

僕は他の人を選べるのかな

あなたは僕じゃない人を恋人にするのかな


たくさんたくさん考えたことだけど


…無理で


これ以上望んだら罰が下るかな…

思わないでもないけど


僕が考えてるそばから

ギイは弁護士に電話を入れてる。


パートナーシップとは違って

縁組の手続きには時間がかかる。


弁護士との話が長くなりそうだったから

僕は電話を止めてもらった。


今まで携帯へ話してた唇にキスする。

「ね」

ギイは、じっと僕を見ていた。


僕は瞬きする。

「こんな歳になってもしたいとか、もうないかなぁ?」


ギイの手が僕の腰を抱く。

「したい?の?」


僕はうなずく。


お嫁さんに、してよ…




久しぶりにギイの背を抱いて

ギイの素肌から体温を感じて


「愛してる」


「愛してる」


繰り返し。


久しぶり過ぎて、あんまり上手くいかなかったけど


僕は肌を触れ合わせられて幸せだった。



愛してる…





弁護士さんが手続きしてくれてる間


僕はある臓器に腫瘍が見つかって


その臓器を悪くすると

HIVの為の薬が飲めなくなるので…


僕は間接的にHIVを進行させることになってしまった。


僕は一日でも長く生きたかったのに

薬が使えない


薬を使うと、臓器に負担が掛かる

腫瘍は広がり

それが急速に身体を弱らせる。


どちらを取るか


もう、どうでも良かった。


ギイが家族になってくれると言った。


同じ場所で眠れる。


まだ、平均寿命には少し遠過ぎたけど


病気を抱えた割には、ちゃんと生きた


ちゃんと愛した

ちゃんと愛された




目を閉じた僕に

ギイが語りかける。


「なぁ託生」


「葉山じゃなくなったよ」


僕の頬に、ギイの涙が落ちる。


「なぁ、呼びたかったんだよ、崎託生、て」


呼びたかったけど


こんな席で、じゃないよ



「故、崎託生さまは…」


斎場に流れる静かな音楽は


哀しくて


でも幸せで




Angel rudder

天使が地上に降ろしたはしごで


少し先に

僕は空の上へ行ってるね。


見つけてね。


間違えないでよ?


『崎託生』

だからね?





song by

優里

恋人じゃなくなった日


&

山本彩

365日の紙飛行機


『神様、もう少しだけ』