#ギイタクif記憶
カチカチと鳴るはずのない時計の音が、何故か頭の中に響いて、託生は眠れなかった。
朝、控えめにドアが、ノックされる。
もちろんカギなんかかけてない。
あの人、崎は変なことする人じゃない。
そのくらい分かる。
「はい」
ドアに向かって返事したら、ゆっくりとノブが動いて、ギイが控えめに中を覗き込む。
託生が、座っているのを見て、怪訝そうな顔をした。
「…眠れなかった?」
「何故かね。
…いや、ギイ分かってるでしょ」
「は?え?」
ギイ、なんてこの託生には言ってない。
『ギイ』を知ってるのは、『ギイの託生』だけだ。
託生が、あの金の髪の隙間から不安そうな目で見上げる。
目つきが、昨日までと違う。
「…また、ギイは僕を置いて居なくなる。
眠ってなんか、いられないよ。
ねえ、どうして僕を置いていった?
僕はもう一人で大丈夫だと思った?
ギイ無しで生きていけるなんて…無理に決まってんじゃん」
「あの…」
ギイは混乱する。
まるで、あの『託生』が喋ってるみたいで。
記憶が戻った?
にしては、喋ってる途中からとか妙だ。
託生は何て言ってたっけ?
総合病院を退院して…、って。
託生が、ギイにしがみつく。
指先が、恋人のそれを肌に伝える。
「僕にもう飽きた?
それとも僕はもう平気に見えるの?
なら、接触嫌悪症なんか治らなきゃ良かった。
まだまだギイのこと心配させて、傍にいさせれば良かった」
「託…」
託生が、金髪を揺らす。
「やだ、離さない。
また、祠堂の時みたいに、いきなり消えるんでしょ。
なのに何で戻って来てくれたの?」
お前が心配で…
いや、会いたかったのはむしろオレなんだよ。
「託生」
更に細くなった肩を抱きしめて、唇を寄せたら、いきなり突き飛ばされた。
下から睨み付けられる。
「ん、だよ、やめろよ。
だから、ゲイじゃねーの?って疑ったのに、やっぱりかよ。相手選べ」
え?
金髪の隙間から、託生がギイを睨んでいる。
託生、じゃない。
またアオ、だ。
記憶喪失じゃない。
これは
人格交代だ…
いわゆる
多重人格。
何かの闇が、現実に耐え切れず、もう一人の人格を作り出した。
耐え切れない現実?
託生はアオに戻る前に何を話してた?
ギイが、託生を置いてゆくと。
なら
原因は、ギイの不在だ…