#創作BL
ね…
空から見下ろす灯りの数だけ
幸せがそこにあるといいね。
フライトを終えて、空港から自宅マンションへ。
部屋に灯る灯りを見ると、そこに由蔓がいるのだと、気持ちが温かくなる。
けど
「えー、今日だったっけ!
あ、いやごめん、決して忘れてた訳ではなく、もちろん楽しみに待ってたんだけど」
綺麗な綺麗な恋人は、一緒に空を飛んでいた時とは一転。
ツナギの似合う自動車整備士として、それはそれは楽しそうに働いている。
美人て、何着ても似合うんだな。
上條には、アテンダントの由蔓が印象深いのに、ツナギもすっかり見慣れた。
上條は、緩やかに笑う。
「いいよ。
どーせ、愛しの車さんに没頭して、オレの帰国なんて、頭から飛ぶよな」
由蔓が無造作に伸びた髪を揺らす。
「朝は覚えてたって!」
まあ、とりあえず『無事におかえりなさい』のキスはもらって、由蔓はツナギを脱ぎながらバスルームに消える。
と思ったら、上半身裸で、バスルームから顔を出した。
「あ、上條さん、先に風呂入りたくない?」
上條は、由蔓を眺める。
「もう脱いだんなら、オレが後でいいよ」
「ごめーん」
由蔓は気遣いのある子だけど、顔に似合わずザッパだ。
こんなことザラ。
まあ、どうせ由蔓のシャワーなんて、秒だ。
そして
「ごめんね」
バスタオル巻いただけで出て来る。
…襲ったろか。
と思いはするけど、長旅の疲れは洗い流したい。
そうやっと最近、国際線のフライトが増えた。
それまでは、貨物輸送が主だったけど。
正直、上條にはどっちでもいい。
空を飛べれば。
ただ
「…ゆづは、もう飛ばないのか?」
由蔓は、元々が整備士希望だ。
CAとしても優秀だけど、仕事の減った間に、すっかり東工大魂が戻ってしまった。
まあ…好きな事を仕事にするに越したことはないけど。
上條には、同じ現場を共有出来ない寂しさはある。
一方で、二人共フライトとなると、すれ違う時間が増えて、下手するとひと月に何回顔見た?
なんて事もしょっちゅう。
由蔓が地上で仕事をするようになって、必ずこのマンションへ戻れば由蔓はいる。
フライトで疲れた心に由蔓の笑顔は救いなのだけど…正直複雑。
由蔓は優秀なCAだから。
あの姿をまた見たい。
楽しそうなツナギの由蔓も、それはそれで見ていて幸せ。
両方とも大切なのは、贅沢だろうか。
「上條さん…ゆっくり、して」
下から言われて、上條は我に帰る。
…何ガッついてんだか。
「ごめん」
「謝ることないけど…せっかく久しぶりだから、ちゃんと顔見たいし、ゆっくり触りたいし」
由蔓の指先で頬をなぞられて、上條はうっとり由蔓の瞳に見惚れる。
…綺麗だな。
「うん。もったいないね」
由蔓の唇に口付けて、離れた隙の甘い吐息を聞く。
CAでも整備士でもない、上條だけの由蔓になる時間。
「愛してるよ」
言われて由蔓が照れる。
「愛とかって、分かんないですけど…」
それでも上條には由蔓に対してそれ以外の言葉を持たない。
こんなに人を愛おしいと思うものだろうか。
由蔓は、綺麗で可愛い。
性格も拗れたところがなくて、真っ直ぐだ。
自分は、多少性格に難ありと思っている上條にとって、由蔓はいつも少し眩しい。
CAの時より若干引き締まった由蔓の身体を抱きしめる。
「入れていい?」
中に入りたい。
由蔓の一番近くにいたい。
由蔓が目を閉じる。
「いいですよ」
まるで母を恋しがる子どものようだ。
…餓えている。
由蔓という水で満たしたくて、肌を触れ合わせる。
潤い、満ちる…。
「なぁ…国際線、増便したら、また飛ぶ?」
肩を抱き寄せていた由蔓が顔を上げた。
「パーサーとして?」
「うん」
由蔓の瞳は、遠い空を追う。
「勘が鈍ってるだろうなぁ…。
安希は?」
「北本は、根っからのCAだから」
由蔓と同期の北本安希とは、時々フライトが一緒になる。
だからこそ、余計CAの由蔓を思い出すのだ。
北本と由蔓、two moonsと呼ばれし優秀かつ綺麗な二人。
由蔓が長いまつ毛を伏せる。
「安希は外大出身だもんな」
北本安希は、綺麗なクイーンズイングリッシュを話す。
英語だけで言えば、由蔓はスラングもうっかり飛び出すレベルなのに、パーサーとしての評価が高い。
異様に肝が座っているから。
どんなクレーマーにも、さらりと笑顔で対応する。
「整備士の由蔓も魅力的だけど。
チーフパーサーの那珂冨由蔓、はまた格別でね」
由蔓の瞳が上條を映す。
「上條さんは、俺に飛んでて欲しい?」
「…んー、複雑。整備士楽しそうだしね。
でも、好きになったのが、CAのゆづだったからな、印象は深い。それに」
「それに?」
上條は、少し迷う。
これは、自分のエゴかもしれない。
「また一緒に、フライト…したいな、っても思う」
由蔓は綺麗に笑った。
「上條さんのタッチダウンは…最高ですからね。味わいたいな」
それから少し考えて
「上條さんの操縦するエアラインか…全然会えないのにですね、同じ機内にいる、って何か嬉しいですよね」
上條は目を丸くする。
そんなこと考えるの、自分くらいのものかと思っていたから。
「ゆづ…」
「…また、飛ぼうかな。忙しくなったら、ですね。
俺はまだ仕事があるからいいけど、CA一本の人は、何か地上で接客業とかしてるんでしょ?」
航空業界のここ数年は、厳しい。
「らしい、っては、聞く」
上條も、本当に仕事が無い時は、我ながら潰しが効かないな、と悩んだ。
さっさと仕事を見つけて来た由蔓に、正直世話になってたくらいだ。
やっと最近トントンかな、ってくらいの仕事が来るけど。
しばらくのヒモ性格は、なかなか辛いものがあった。
それがやっと今、数は以前ほどなくても飛べている。
結局パイロットとしての肩書きくらいないと、由蔓に引けを取るくらい自信のない自分なのだ。
由蔓は、空でも陸でも自由に泳いでいる。
何の外連味もなく。
飛べなくなったら、由蔓に捨てられるのではないかと、不安な時期もあった。
もちろん由蔓は、
「俺が、なんちゃってCAで、逆に良かったっすね!」
なんて、全く畑違いの自動車整備士を、昨日までしていたかのように、すんなり職に選んだけど。
そして、明るく
「しばらく俺が養えますよ。
ひゃー、上條さん養えるなんて、俺カッコいい!」
楽しそうに。
だから、上條は由蔓に頭が上がらない。
由蔓はどんな時も、誰も何も憎まない恨まない。
「また、お前と飛ぶことがあったら、最高のフライトをして、もう空から離れられなくしてやる」
由蔓が笑う。
「いつだって上條さんは、俺の最高のキャプですよ」
いつか、一緒に空へ行こう?
そしてまた、地上の灯りを見下ろそう?
それまでは、その灯りのひとつでいよう。
幸せの灯りであるように。