#ギイタクパラレル

Ωバース5



Ωのシェルターにいた頃の仲間に会った。

自分より少し歳上の女性。

子供が小学生になったから、と昼間抜けて来てくれた。


小学生の子供、か…。  


彼女が、オレンジジュースのグラスをカラリ、と回す。

「ハヤマ、幸せそうじゃないわね」


「…そう?そんなこと、ないよ」


「何かお金持ちな人が、引き取りたいって、じゃなかったっけ?皆んな羨ましがってたわよねー」


「うん。お金持ちは、そうみたい」


彼女は、心配そうに託生に顔を寄せた。

「嫌な人なの?」


託生は首を振る。

「全然。とてもいい人だよ」


「αの子供産まなきゃ、ってプレッシャー?」


考えたこともなかった言葉に、託生は驚いた。

「え?」


屈んだものの、お腹がテーブルにつかえて、彼女は上体を起こす。


妊婦さんなのだ。


仕事もしているらしい。

産休に入ったから、会おうと言われた。

出産間近ということか。


託生は、そのお腹を眺める。


彼女は笑った。

「だって、Ωが欲しいなんて、大体そうでしょ?

 αの人が、α同士じゃ子供なんてなかなか望めないから、確率の高いΩを必要とするんじゃない」


「そう、なの?」


彼女は、お腹をさする。

「ハヤマは、別にそんな期待されない?

 あたしは、大変よ。

 この子、3人目なんだけど。

 どうかなぁ」


「僕は、まだ本当なら、学生の年齢だから、子供は急がない、って。その人が。

 あ、同じ歳なんだけど」


彼女が、顔の前で手を振る。

「ダメダメ、優秀な卵は若いうちに、だよ。

 必ずしもα産めるわけじゃないんだから、数多く出産出来るチャンスないと。

 すぐ次に差し替えられるよ」


意外な言葉に、託生は首を傾げた。

「?差し替え?」


「αは、まあまあ、そこそこの年齢でも子供作る能力あるけどさ、Ωは産む側だから、そうはゆかないじゃない?

 やっぱ、産むなら、若い子の方がいいのよ」


「…取り替えられるの?」


怯えた託生に、彼女は逆に、当たり前じゃない、とケロッと答えた。

「?シェルターにも、結局α産めないまま戻された人いたじゃない?」


託生の目がさまよう。

「そんな、道具みたいな」


「道具だよ。αにはね、返品可能なモノ。

 割り切らないと、傷付くよハヤマ」


「………」

託生は、言葉を失った。


自分も、役に立たなかったら、返されるのだろうか?


「ハヤマ?

 あれ、そういえば、指輪してるんだ。

 つがったの?」


託生が、薬指のリングをもう片方の手で触る。

ギイが、結婚の約束、とくれたものだ。

「うん。他のαに襲われたりしないように、って」


「ああ、パートナーね。

 正直、助かるよね。あんまり変なシュミの人だと困るけど。

 パートナーいたら、ラクだよね発情期。

 でも、別れたら、後大変じゃん。

 いくら苦しくても、他と出来ないんだよ?」


「ど、して、別れるの、終わるの、前提なの?」


「どうして、って。

 αが、そういう意味以外で、Ωに興味持つわけないじゃない」


「そう、だね」

託生は、なんとかその場は話を合わせた。


合わせたけれども、心の中は、気持ち悪くて仕方なかった。


そうなんだ。

αって…いや、自分だって、発情期にギイとするのは、ものすごい快楽だ。

あれを知ったら、αは発情期のΩとやめられないだろうと思う。


ギイは、抑制剤も飲んでてくれてるし、比較的冷静な方と思うけど。


ラット状態なら、何するか分からないαも沢山いる。

敢えて抑制剤なしで、手放しの快楽を味わいたいと思っても不思議じゃない。


…ギイは、抑制剤なしで、した事あったっけ?

しないか。

ギイは、育ちがいいから、紳士なんだよね。


『差し替え』か。

なんだ。

そっか。

やっぱり、αはΩの身体か、αを産めるΩ、ってところにしか、価値を見ないよね。


仕方ないし。

ずっと分かっていたことだけど。


あまりにギイが優し過ぎて、当たり前のことを忘れそうになる。


僕は、Ωなんだ、ってこと。


ギイも、Ωの身体を持つ僕だから、好きなの?

じゃあ、この身体がなかったら?



託生は、嘘をついてみた。


ギイは、Ωの身体、がなかったら、自分を手放すのか。

知りたくて。

「ギイ、病院行って来た」


ギイが心配そうに、眉を寄せる。

「病院?どこか悪いのか?」


託生は首を振った。

「ううん。発情期重いから、しばらく来ないように止めてもらった」


ギイが、気の毒そうに託生の頭を撫でる。

「そんなにしんどいものなんだな。

 じゃ、しばらくは、発情期来ないのか。

 少しでも身体がラクになるなら、良かったな。

 あ、じゃあ、その間に旅行でもしようか。

 発情期来ないなら、安心して行けるだろ?」


あれ?

全然ガッカリしてないぞ。


「…ギイは、発情期の僕とするの好き?」


ギイは、うーん、と思い起こすように天井を仰いだ。

「託生、発情期中は苦しそうだからなぁ。

 必要なものだから、仕方ないとはいえ…。

 セックスは、普段にゆっくりする方がいいかな」


意外なギイの言葉に、託生は驚く。

「え、そうなの」


「託生は、発情期中の方がいい?

 やっぱり、気持ちいいの?」


正直、身体だけでいったらその通りだろう。

でも、発情期は目の焦点は合わないし、余裕は無いし、時間感覚も分からなくなるし…。


何より、あの愛おしそうに見下ろしてくれるギイの表情を見ることが出来ない。


普段は、愛されてるなぁ、と思うくらい甘い眼差しを、最中に見れるのだ。

あれは…幸せだと思う。

大好きな時間だ。


「身体はいいんだと思うけど、

 気分がいいのは、普段だな。

 ギイと指繋いだり、ギイが頭撫でてくれたりするの、好き」


ギイが、ホッと息をつく。

「良かった。

 Ωの子って、発情期中のハードさじゃないと、満足してないのかなぁ、って不安だったから。

 オレは、いつでも託生を抱きたいのに」


「って、やだ、そういうこと言わないでよ」


ギイは、ふふ、と笑って、託生の髪をすく。

「そんな話してたら、したくなっちゃうよ?

 今日は、昔の友達と会って疲れたでしょ?

 早く寝なきゃ」


昔の友達…。

そうだ、あの子が言ってたんだ。

Ωは、αにはただの快楽の道具だ、って。

優秀なαを産む為のコマだ、って。


じゃあ、ギイは、どうして発情期でもないのに、セックスしたがる?

僕は、ギイが優しくて嬉しいから、発情期じゃないセックスが好きだけど。


「ギイ」


「ん?」


「発情期でもないのに、ギイは、どうしてセックスするの?」


ギイは、滅多に見ない、ポカン、とした顔をした。

「は?」


「セックスって、子供を作る為のことでしょ?

 じゃ、子供も出来ないのに、発情期以外の時にするのは、何で?」


ギイが珍しく混乱する。

「え、た、くみが、好きだから?

 やっぱ、好きな子には触りたいし。

 肌、気持ちいいし。

 やだな、改めて聞かれると、照れる

 託生、動物の交尾じゃないんだから、人は愛情で触れ合いたいでしょ?」


「じゃ、発情期以外のは、愛情の触れ合い?」


「発情期も愛してるけどさ。

 なかなか余裕は無いよね。

 ゆっくり、『託生、オレのこと好き?』なんて聞けない」


最近ギイは、しきりに託生に『好き?』と聞いてくる。

もちろん好きだから、好き、と答えるのだか、

聞く度、ギイは嬉しそうだ。

僕は、前から言ってるんだけどな。


託生は、昼の話を反芻する。


ギイは、シェルターから出て行った子たちが引き取られた相手とは、少し違うのかな。

発情期を待ち望まないし。

αの子供を必ずしも欲しい風ではない。


託生は、ちらりと、その整った横顔を見る。


ギイ

僕が初恋、ってホントなのかな。


ホントだったらいいな…


そして、また会って、幻滅してない?


大丈夫かな…


僕は、どんどんギイを好きになってるのに。