#ギイタクパラレル

再会を



せっかく、冬休みに旅行へ来たってのに、託生はうかない。


場所のセレクト間違えたかな。

京都の冬は、冷えるんだ。


だから、観光はそこそこに、風情ある旅館へ早めにチェックインしたのだけど。


旅館。

もうちょっといいムードになって良くないか?

日本語で、えーと、しっとり、じゃない、そう、しっぽり?いや、間違ってるか?


なんて、せっかく寮を出て、恋人と二人、何の気兼ねもなく、お泊まり旅なのに、託生の元気がない。

あーあ。


「託生、こっちおいで」


ギイの声に、顔を上げた託生は、憂いて艶かしかったけど。

ギイへ伸ばした手が、何故かいつもより細く白く頼りなく見えたのは気のせいだろうか。


それでもギイは、愛おしい恋人の手を引いて、自分の胸に抱き込む。

「託生。一人で悩むな。

 お前が、辛いと、オレも辛い」


託生は、ギイの体温を感じて目を閉じる。

「すみません」


は?


ギイは、いきなり他人行儀な託生の言葉に、固まった。

「託生?」

託生が、はた、と我に帰る。

「あ、ごめん。ギイだ」


ギイだ。

か。

じゃ、『誰』と思って『すみません』なんだよ。


ギイは、抱きしめた託生の髪にキスする。

「昔の記憶?

 オレの可愛い託生を悩ませるのは」


託生は、ギイの腕にすがりながらもうつむいた。

「…信じてくれるの?」

「とてもじゃないけど、いつものお前じゃないからな」


託生が、ギイの背中に腕を回す。

「あの時も、こうして抱きしめ返せば良かった」


「うん?」


託生の指先に力がこもる。

「他の奥さんへ行くあなたに、何て言えばいいかわからなくて。

 あなたに、愛していると、愛して欲しいと、最後まで言えなくて。

 …そもそも人を好きになる、なり方が分からなかった。

 せっかく唯一の正妻で、あなたのこととても好ましかったのに、あなたとどう接していいか、分からなくて…最後にやっと…」


淡々と語る託生に、ギイは遠さを感じて、託生をきつく抱きしめる。

「悲しいお姫様かな」

「きっと愛してた。

 でも、私はどうしていいか分からなかった。

 いつも、不機嫌な顔をしていた。

 あなたは、怒った。

 『ひとの妻になったことが、あなたはそんなにご不満か?』

 …そんなわけない。

 愛してた。

 あなたは、優しかった。

 ずっと不機嫌な私に、必死で語りかけて、笑って下さった。

 私は、返事もしないで、ただ畳の目を睨み付けていた。可愛くない奥さんだった。

 だから、あなたは、自然と私のところから遠のいていった。他に可愛い優しい方が沢山いたから」


託生の目が、女性の振る舞いで、そっと逸らされる。

「私が、持っていたのは、立派な家柄と、気位の高さだけ…。

 お付きの侍女が、こそこそ噂するの。

 貧しいけれど、優しい可憐な夕顔の君に、お殿様はご執心よ、って」


「託生」


託生は、ふらりと頭を上げた。

「…ごめん、ギイにこんなこと言ってもね」

「いや、いいよ。

 お殿様、ってオレ?

 託生の話からいくと、源氏物語みたいだけど。

 あれ、逸話じゃないのか?」


また託生はうつむいてしまう。

「さあ…」

「正妻っていうと、葵の上だな。

 不器用で、愛し方を知らなかったお姫様。

 でも、一番純粋で、源氏を想ってたよな。

 まあ、オレも物語でしか、知らないけど」


『幸せですわ。

 神さまの下すった分だけ。』

源氏の訪問を、待つだけの夕顔の君。


源氏の君が、こよなく愛した女性のひとり。

身の丈に合った、幸せを抱きしめて、源氏に心残させた、姫君。


「源氏が、本当のところ誰を好きだったか、なんて、知らないけど。

 託生が、葵の上だったとして。

 遠い遠いところから、今へ来たなら…心残りだったんじゃないか?」


ギイの言葉を聞いているのか、託生はまだお姫様の眼差しで、遠くを見詰める。

「あなたと離れた最後にやっと分かった。

 ただ、笑い掛ければ良かった…。

 私は、あなたに、笑顔を見せてない」


「見たよ」


「え」


「最後に。

 『いってらっしゃい』

 って。

 優しい顔で、オレを送り出したよ」


託生の目が揺れる。

「そう、だった?」


「うん。

 いってらっしゃい、が、この現世へ、やり直しに、とは思ってなかったけど」


託生が、泣き崩れる。

「ごめんなさい。

 だって誰も教えてくれなかった。

 大切な人に、どうしたらいいのか」


「お前のせいじゃないさ。

 また、オレたちは、出逢った。

 せっかくだから、託生から伝えて?

 お姫様は、何て?」


「愛してます。って。

 お帰りを、お待ちしてます。って」


「安心して。

 もう帰るのは、一つだけだから」


ギイが、託生の髪を撫でる。

「託生のところだけだから」




クリスマスの、夢が見せた。


前世と現世の行き来。


「お慕いして、おりました」

姫が語る。


あの時言えなかった言葉。


「大丈夫。

 今から全部取り戻せるから」


取り戻すから。

安心して?


託生と、オレとの間でね。


「託生。

 温泉で、温まろう?」


「うん。

 その後、抱いてくれる?」


最後の一文字は、キスと共に吸い上げて、飲み込んで。


言うなよ。


何百年もの時を経て


募った届かない想い。


ちゃんと、察するからさ。


『お慕いしておりました』




それは遠い遠い記憶…

それから多分、長い時が

流れ、流れて。


今夜、私の隣に眠るあなた

久しぶりに逢えたね

やっと逢えたね…



song by

谷山浩子

『再会の』