#ギイタクif

綺麗




行為の記憶がほぼ飛んでいる託生。


肩に羽織らせた程度のパジャマに、昨夜の記憶を総合させようとして、託生は自身を見回す。

「あの、ギイ、僕?」


ギイは、肘を付いて昨夜のことを思い出すように、託生を見詰める。

「ん?すっごく、すっごく可愛かったよ。

 んで、オレをめちゃくちゃ気持ち良くしてくれた」


託生が、パジャマの前を合わせて、隙間に顔をうずめる。

「あ、や、そういうの恥ずかしいので、言わないで」


ギイは、まつ毛を伏せた。

「うん。

 託生は、覚えてなくていいよ」


「ギイ」


「オレが、全部覚えてるから、

 大丈夫」


「ギイ」


ギイは、深くため息をつく。

「はー…っ、可愛かったなぁ…」


託生が、どう反応していいか分からず、視線を外した。

「ギイ、シャワー浴びて来て」


ギイは、嫌そうな顔をする。

「ええ?

 せっかく託生のいい匂いがしてるのに」


託生が、自身の肩に鼻を寄せて、くん、と犬のように、嗅ぐ。

「匂い?」


「んー?シャンプーかな、ヘアウォーター?

 抱きしめる度に香ってたから」


託生がまた赤くなる。

「やだ、もういいから」


「でも、託生が覚えてなくて良かった。

 覚えてたら、舌噛み切って死ぬ!とか困るし」


「…そんなすごい事したの?僕」


ギイは、緩く頭を振った。

「いや、恋人の普通ーな、セックス?

 でも、オレに触れない託生には一大事だよね」


ギイが、目を細める。

「また、託生が何かで追い詰まって、パニクったらしよう?

 楽しみだな。

 いや、パニックを楽しみに待つのは、嫌な奴だな。

 ごめん」


「ギイ…」


「いい夜だったんだ。

 感動して泣けてくる」


「泣く、て」


「だって、初めて好きな子と出来たんだよ?

 嬉しくて嬉しくて、たまらない」


「僕、変だった?」


「ん?普通」


「誘った?」


「んー?オレから比べたら、リクエストくらいかな。

 オレが、ガッついたから」


「リクエスト…」


「えー、ちょっとそのままいて

 とか

 怖いから捕まってていい?

 とか」


託生が他人事のように、クスッと笑う。

「なんか可愛いね」


「だろ?

 オレの恋人は世界一可愛い」


「…ありがと。

 ほとんど覚えてないけど、ギイと出来て、なんか、良かった。

 ギイが、喜んでくれてるのは分かる。

 汚いって思ってないのも分かる」


「綺麗だったよ。

 キスを受ける顔も

 抱きしめ返してくれる腕も」


託生は頬に手を当てて、首を傾げた。

「…何か変だな。

 僕が、可愛く聞こえる」


「だから、可愛いんだ、って」


「ありがと。

 世界中の皆んなが、汚いって言っても、ギイの言うことだけは信じる」


託生は、しばらく安定していた。


だから、ギイにも油断があったのだと思う。



数週間は、落ち着いていた託生だが、かなり時間が経った頃、あの部屋に閉じ込めた奴等に会ったらしい。


…どこからの圧か、奴らは退学になっていなかった。

わずか数週間の停学で、復帰していた。


そして

託生に何か言ったらしい。



託生は静かに、命に関わる血管に、自ら刃物を当てた。


静かに誰もいない時間、場所で。


だから


「託生!」

オレが、託生を見付けた時には、託生は自分の血の海に静かに横たわっていた。


せっかく


せっかく恋人になれたのに。


触れることが叶ったのに。


誰が託生に近付いたんだよ。


多分、託生は何かを責められた。


だから、身体中の血を抜きたいくらいに、自分を汚いと思ったんだ。



『やっぱり僕は汚いから、一度全部、汚い血を出してしまうね』


『また、綺麗になったら、ギイ…よろしくね』

託生の机の上に、ノートの走り書き。



「死んだらよろしく出来ないじゃないか!」

ギイは、血だらけの託生を抱きしめながら、地面を手が切れるくらいに叩き続けた。



悔しい


追い詰めた奴らも


守れなかった自分も。


悔しい。



そして


こんなに託生を愛していた自分に気付かされる。


後を追いたいくらいの気分だった。