#ギイタクパラレル

あのね




ギイの手が、託生の肩を抱き寄せる。

「託生、託生したい。

 抱かせて」


僕は黙って首を横に振る。


やだ、これ以上、僕の中にきみを残さないで…。


それは、きみがいなくなったら、痛みに変わる。

ずっと残る痛みになる。




僕は、ぼんやりとギイの裸の上半身を見上げる。

「やだ、って言ったのに」


ギイは、僕の拒絶の言葉に、切なく眉を寄せる。

「…ごめん。

 そんな気分じゃなかった?」


僕は、ピローの端を指でもてあそぶ。

「気分とか、そんなんじゃないけど」


「けど?」


もう…

ギイの脚は、もう動くのだ。


ギイは苦笑する。

「まだ、人さまには見せられないけどね」


でも、セックス出来るくらいには動けている。


僕の様子がおかしいのを、ギイは見逃さない。

「託生、何?」


「もう、奥さんとこ、戻れるでしょ?」


「戻らないよ」


僕は、枕に顔をうずめる。

「だって、ギイの秘書さん、面倒みて下さい、って僕に言った」


ギイが首を傾げる。

「だから?」


「もう、僕はきみの面倒みるところが無い」


僕は、枕から顔を上げて壁の一点を見詰めた。

「楽しかった。

 ごはん食べさせて、お風呂で洗ってあげて。

 …僕からセックスした。

 きみがどこにも行けないから、祠堂の時より濃密に一緒にいられたんじゃないかな。

 …楽しかった」


ギイが、寂しそうな顔をする。

「このままじゃ駄目なの?」


「きみには家族がいる。

 戻らなきゃ」


「愛情なくても家族?」


「子供に親の愛情は必要だよ」


また、ギイが曖昧に視線を逃す。

「子供の事は愛してる。

 でも、こんな両親の間柄を見せられて育つのは、子供にとって、果たして幸せだろうか?」


「こんな?」


やや、ためらった空気が流れた。

「オレは妻を愛していない」


「…ワガママ言わないで」


僕は微笑む。

「ギイと夫婦になれただけ、幸せだよ

 奥さんは」


「…オレね、妻を抱けなかったんだよ」


え?

「子供産まれてるよね」


「人工受精したから」


「え」


「だから、男の子なんだ」


確かに人工受精の場合、男の子が産まれる確率は上がる。


「…どうやって出来たって、子供は子供だよ」


「まぁ、そうだよ。

 子供の存在まで否定しない。

 でも、あの子は、母親ではない他の人を想う父親を見ながら育つのか?

 それはそれで不幸な気がするんだよ」


「じゃあ、

 じゃあ、どうする気なの?」


「オレは、お前と一緒にいる。

 これ以上嘘は続けられない」


「ちょっとギイ…」


「子供が会いたいと思ってくれるなら、会う。

 妻が会わせたくないなら、会わない。

 オレに父親の資格は無いからな。

 ただ、オレが子供から離れたのが、あの子のせいじゃない事だけは、妻から子供に伝えてもらう。

 子供には、何の罪もない」


僕はうなずいた。


「うん。

 ないよね」


ギイは、ふと気付いた。


ああ

そうだ

何で託生がこんなに家族にこだわるのか。


託生には家族がなかったから。

親から必要とされなかった子供だから。



託生が、言葉を紡ぐのを少し迷っている。

「奥さん、子供さん愛してる?」


「さあな。

 こんなはずじゃ、って思ってるのだけは確かだな」


更に託生が、言葉に躊躇する。

「あのさ、奥さんが

『この子は、あなたの子でしょ』

 ってギイに言うなら…

 言うかな」


「言うかもな。

 崎家の為に産んだ子だ」


「もし…

 もし、そうなったら、の仮の話だけど…

 僕が育てたい。駄目?」


ギイが、託生の言葉の意味を計りかねる。

「託生?」


「僕じゃギイの子は産めないからね。

 でも、子供は育てたいんだ。

 …自分が、してもらえなかった事、したいだけかも、だけど。自己満足かもしれないけど。

 子供、育てたい」


ギイは、携帯を眺めた。

一度も出ていない、妻からの電話。

「妻に話してみる。

 彼女も、まだ若い。

 誰か彼女を愛してくれる人と、一緒になって欲しい。

 愛する人の子を産んで欲しい。

 だったら、お仕着せの結婚で産まれた…産まされた子は、オレが引き取った方がいいのかもな。

 再婚にも、子供はいない方がいいだろう」


なんか、それはそれで、悲しい話だね。ギイ。


「…でも、ユリから離したら、葉月は、ママ、って泣くかな」


「そりゃ泣くよ。子供にはママが一番だもん」


「それでも?」


「僕の愛するギイの子だ。

 泣いても泣いても、僕は頑張れるし愛せる」


ギイの指が、携帯をなぞった。

「一度、妻と相談してみるよ」





「ぱぁぱ」


「何、はづき」


「ぱぁぱ、あのね

 ままは?」


ギイは、どきりとした胸を押さえて、屈んで葉月の顔を覗き込む。

「ママ?会いに行く?」


葉月が首を傾げる。

「?帰って来ないの?

 はづの、アイス買ってくるね、てお買い物行ったのに、まだ帰って来ない。

 ねぇ、ままは?」


「ママ、って託生のこと?」


葉月は、人差し指を額に当てる。

「ぱぁぱ、ままのこと、たくみ、って呼ぶよね」


「ああ、うん

 まあ」


はづきに、託生は、まま、なのか?

何で?


「はづ、ママのこと覚えてる?」


「まま?たくみ?」


「いや、ユリ、だよ」


「ユリちゃん?覚えてるよ?」


どうも、妻は自分のことを、葉月にママと呼ばせなかったようだ。


「ユリ、はづに優しかった?」


「うん。でも、ままみたいにニコニコしてなかった。泣いてたり、怒ってたり。

 でも、時々はづに、ごめんね、て、ぎゅってしてた」


「…そう」

苦しめたんだろうな。

ユリのことも。オレは。


玄関のドアが開く。

託生が、アイスの袋を葉月に見せる。

「ただいまー、はづー、これ?アイスって。

 もー、なかなか無くて、スーパー三件回ったよー」


「ままおかえりー。

 それそれ、おいしいの、はづ、好きなの。

 スーパー?て、何?

 ユリちゃんは、コンビニで買ってたよ」


託生がため息をつく。

「コンビニかぁ、道理で無いわけだ。

 でも、はづ、アイスはスーパーが安いんだよ」


「?まま、ぱぁぱは、お金持ちでしょ?」


「そうだけどー、ぱぁぱが頑張って働いたお金は大事に使わなきゃいけないんだよ」


「まま変なの。

 ユリちゃんは、ぱぁぱが、たくさんお金持ってるから、いいって言ってたのに」


「はづ、ぱぁぱ、まだ、足痛いでしょ?

 なのに、お仕事してるんだよ?

 ままが、たくさん働いても、ぱぁぱみたいに頭良くないから、ちょっとしかお金もらえないの」


「じゃあ、まま、ぱぁぱと結婚して良かったね」


「はい?」


「ままだけじゃ、大変だったんでしょ?

 待っててね、はづも、早くままにお金あげれるように、たくさん頭良くなって、ぱぁぱみたいに働くからね!」


ギイが、クスクス笑う。


「はづ、ままは、ぱぁぱの奥さんだぞ?」


葉月が、不思議そうにギイを見上げる。

「奥さん?お嫁さん、てこと?」


「うん。」


「はづが、大きくなったら、まま、はづと結婚するかもよ?ぱぁぱ、残念でした」


「え?何で」


託生が笑う。

小声で

「ギイ、子供の言う事だよ」

囁いた。


「だって、まま、はづ、大好き!って、いっつも言ってくれるもん」




『託生、大好きよ

 大好き』


あれは


…焦がれて

焦がれて

あきらめた言葉


もう、僕は親から言ってもらえないけど。


「はづ、大好きだよ」


葉月が、ドヤ顔でギイを見る。

「ほらね」


「託生!はづに、甘過ぎ!

 もっとオレを甘やかせ!」


「子供相手に競争しなーい」


「ねぇ、まま」


「何?はづ」


「今日は、はづ、オムライスがいいなぁ。

 プチトマトのレタスサラダに、ドレッシングかけるのも」


「アイスは?」


「ごはんの後!」


「良く出来ました。

 いい子だね、はづ」


「託生、オレのことも、ほめろ!」


「だーかーらー、子供と競争しなーい」


「託生っ」


「ぱぁぱ、男の嫉妬は見苦しいよ?」


「どこで、そんな言葉覚えて来るんだ?」


「ようちえん」


「あーもう、教育上よろしくないなぁ」


僕は、クスクス笑いながら…


人生最高の幸せな時間をこうして過ごす。


ありがとうギイ

ありがとうはづ



ありがとう。

僕を産んでくれた母さん。


はづを愛せて、やっと報われた気がして


今はあなたを許せるよ。

母さん。


分からないけど

きっとあなたにも、何か苦労があったんだろうね。


はづ、愛してるよ


ほら、こんなに簡単な言葉が、母さんは使えないくらい、きっと何かに、苦しんでた。


あなたが、僕に出来なかった分、僕がギイの子に、してあげるよ。



ねぇ、


あのね


それで、精算しよう?


いつまでも恨んでも、何も生まれないよ。


あのね…


きっと本当は、愛してくれてたよね?母さん。


だって、僕の中に、こんなに愛情がある。


きっと知らないうちに、母さんから、もらってたんだよね。



「はーづ」


「なに?まま」


「オムライスは、ケチャップ?

 デミグラスソース?」


「ケチャップ!

 ハート描くの!

 まま大好き、って」


「ありがと

 ぱぁぱは?」


「ぱぁぱも大好き!

 ユリちゃんもね!

 たまに、遊べるよね?」


「はづのいい時に、いつでも」


「うん!

 あーでも、ままと遊ぶのに忙しいからなぁ。

 ユリちゃんは、順番待ちだなぁ」


「うわ、偉そ。誰の遺伝子だよ。

 はづ、ぱぁぱは?」


「ぱぁぱとも、遊んであげるよ?」


「あげるよぉ?」

ギイが、ぶつぶつ、上からだなぁ、とか文句を言っている。


「ギイ、大人げ無い、大人げ無い。

 仕方ないじゃない、

 僕の方が、はづといる時間長いんだから」


「オレもパパだぞ?」


「僕、ままだもん」


「んー、っ」

ギイが言葉を失う。



母さん


ありがとね


あのね


母さんのこと


好きだったよ?


って、僕から言えば良かったのかもね。


遅くなったけど


母さん、愛してるよ


僕に、人を愛する気持ちをくれて

ありがとう

母さん。


おかげで、

幸せに、過ごせてるよ。


世界中の誰よりもね。




ギイ、はづ、母さん


皆んな

ありがとう…。





あのね

fin'