#ギイタク
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託生が昼食を摂っていたら、目の前にトレイが置かれた。

「他もたくさん空いてますよ」

と、言いたいところ。
いけないいけない。
コミュ力つけなきゃ。
カウンセラーの先生から言われてる。
まずは、喋らなくていいから、挨拶だけ。

託生は、目を上げて笑顔を作ろうとした。

知らない人と目が合って、向こうから笑顔を向けられる。

うっかり笑顔作り損ねた。
だって…。

「葉山託生くん?
 ああ、良かった。
 なんか、最近ギイとやたらつるんでるよね、
 何?
 デキてるの?」

…はあ?
いきなり知らない人なのに、何ですか。
僕男ですけど。
ギイくらいキレイだったら、もう男も何もないと思いますけど。
でも何しろこの僕ですから。
あ、

「すみません。
 ギイのこと好きなんですか?」

邪魔するな、かな?
この前の高林くんみたいに。
いやいや、ギイ競争率高過ぎ。

なのに、目の前の人は変な顔をした。

あー、コミュ力不足。
違ったか。
読めないんだよね、人の気持ちって。

「何で、託生に話しかけてるのに、ギイを好き、になるわけ」

「すみません。
 あと、いきなり名前を呼ばれるのは、どうかと。僕はあなたを知りません」

相手はビックリした。

「え、インターハイ、準優勝の僕を知らない?」

はあ。
何の部活かも知りませんよ。
そんなに有名人なのかな?
てか、今の自慢振り撒き気味。
あんま、そーゆーの美徳じゃないですよね。
やはり、能ある鷹は爪を隠して尚、美しい。

託生が、黙っているので、相手は向かい側から、にじり寄って来た。

知らない人への社会的距離って知らないのかな。

あ、相手さんは僕を知ってるのか。

相手は、甘ったるく笑った。

…僕は辛党です。

疲れてる時以外は。

ちなみに今はまだ疲れてません。
この人のおかげで、段々疲れて来たけど。

「託生さあ、ギイとあの関係って誤解されるぜ?」

また、名前呼びですか。
おまけに、どんどん馴れ馴れしいです。

やだなぁ。

何か取って付けたようです。

「あの?
 あの関係、って?」

相手は、そんなことも知らないのか、と目を丸くした。

「セックスフレンド。
 セフレ?」

…あのですね。

僕は周りを見渡した。

こんな真っ昼間から、話題にすべき内容じゃないでしょ?
まあ、聞き返した僕が悪いのかな。
あの関係、でピンとくれば良かったんでしょうね。

「違います」

「何まだやってないの?」

…だから、ここは食堂。
そして真っ昼間。
何でそんなこと話さなきゃならないんでしょうか?

こんな時の話題の続け方は知りません。
知りたくもありません。
よって退散です。

託生は、立ち上がった。

相手の手が、託生の手首を捕まえる。

「待てよ」

「急ぎます」

「僕はきみが好きだ。
 付き合おう?
 ギイとは違うんだろ?」

「僕は女の子じゃありません」

「ここじゃ普通だ」

祠堂では、普通なんですか。
へぇ。
でも。

「すみませんが、からかうなら、もっと面白い返しが出来る子にした方がいいですよ。
 僕は、話してもつまらない人間なので」

手を振り払いたいのに、離してくれない。

インターハイって、腕相撲?
強い握力だなぁ。

「からかってないよ、本気」

余計迷惑です。
って言っちゃダメですよね。
こういう時、上手い断り方、あしらい方、知りません。
あー、カウンセラーの先生、やはりコミュ力大事です。

どうしよう、って思ってたら、微妙に知ってる顔を見つけました。

思いっきり困ってる光線出したら、その人、ため息ついて、僕に近付いてくれます。

「葉山?
 何してんの?」

ああ、ホラ僕の名前知ってる人です。
良かった。

でも目の前の知らない人は、威嚇したように睨み付けます。

「赤池、邪魔するな。
 僕が託生に話しかけてる」

赤池は、託生の手首を見詰めた。

「無理矢理引き留めてるようにしか、見えませんけど。
 葉山、次は移動教室だ。
 早くメシを食え」

あ、クラスメイトでしたね。

ありがたい。

「じゃ、授業に遅れるので。
 失礼します」

僕は、赤池くんとやらに、助けられてまだ呼び止めようとする人を、そこに捨て置いたまま、なんとか事無きを得た。



「あの、赤池くん、
 ありがとうございました」

赤池くんは、託生を振り返る。

「…ったく、ギイは、何でこんなトラブルメーカーが好きなのかね」

え、赤池くん、そっちの話知ってますか。

「僕もそう思います」

深くうなずいた託生に、赤池は呆れる。

「それ、ギイには言うなよ?
 ギイは、葉山のこと天使みたいに可愛いとか思ってるからな」

神みたいな人から、天使ですか。

赤池が、歩きながら廊下を見詰める。

「なぁ、葉山、
 ギイ好きか」

このニュアンスは、からかいでも、探りでも無さそうです。

「はい。
 僕には、過ぎた人ですが、
 すごくすごく好きな人です」

赤池がため息をつく。

「なら、いいけどな」

あれ?
いいんですね?
でもギイのこと、そんなに知ってるって事は、かなりギイと仲良い人です。

「赤池ーぇ」

後方から、教科書で、ギイが赤池くんの頭を叩きました。

「サンキュ、託生助けてくれて。
 託生、可愛いから絡まれるなぁ。
 恋人としては、心配でたまらないよ」

恋人っ?

「おい、ギイ、葉山といつ恋人になった?」

「んー、明日か明後日か、まだ先か」

赤池はうなだれた。

「…お前ら、早くまとまれ」

ギイが、眉を上げる。

「珍しいなあ。
 赤池が、推奨するなんて」

「いや、僕は基本的に男同士で云々は反対だよ。
 でも、葉山がギイの、って治まってくれた方が、トラブルは減りそうだ。
 僕の心痛も」

ギイは、腕を組んで、うーん、と天井を仰ぐ。

「まとまりたいけど、託生の意志は尊重したい」

「そこまで好きか」

「どこまでも好きだ」

赤池は、更に呆れた。

「ご勝手に」

ギイは、託生を見て笑う。

「大丈夫、赤池はオレの参謀だから。
 他には言ってないよ」

「…そう願います」

今日は、何かと疲れた。

あの人、誰だったんだろ?

んー。

変なシュミ。
いや、嫌がらせかな?

隣でギイは、とろける笑顔で託生を眺めていた。

更に赤池は、勝手にしろ、と言わんばかりに、そっぽを向いてた。

疲れた。

甘いもの今なら欲しい。

あの甘ったるい人は、二度とごめんだけど。