#ギイタク
パラレル
Ωバース




嫌で嫌で、嫌過ぎて目が離せない。

あれはのぉの目だ。

僕に頼り切る

僕を信じ切る

可愛いのぉの目。

何より大切な、のぉの…。



『忘れて』

紅葉は言った。

『忘れて』

お願いではない、命令に近い訴え。




「昔のクレハを忘れたら、また『今のクレハ』と出逢わせてくれるの?」

犀から言われて、紅葉は戸惑う。

なるほど、『さやか』は不本意なんだ。
止むを得ず、さやか、を演じているだけ。
何の為に?

犀は、紅葉の頬に手を添えた。

「さやかの要求呑むよ。
 何が目的?
 僕は今のクレハと出逢いたい」

この目をもう一度僕に向かせたい。

心細そうに、すがる目。

不安そうな、迷う目。

必要とされたい。

僕しかいないと思われたい。

紅葉はまだ迷っている。

名前を変えて、性別を変えて、そりゃ何かあるよね。

なら、こっちの手の内を明かすまでだ。

人は秘密を明かされると、心を許しがちになる。
この人になら、自分も秘密を明かしてもいいか、とガードを緩める。

「クレハは、僕が危なくないから、ここに就職させられたの?」

紅葉は、不思議そうな顔をした。

犀は、なるべく優しく微笑む。

「僕は誰にも出来ない体だから、安全だよ、って?」

紅葉は、戸惑った。
犀が何を言っているのか分からないらしい。

「知りません。
 若社長のプライベートは」

なんだ。
紅葉の親の差し金かな。

「プライベートといえばね、
 僕は5歳からの初恋を10年後に失くした。
 きみはその子と同じ目をしてる。
 だからね」

犀は、紅葉の頬に添えていた手を、するりと離す。

紅葉が自分から離れた手を、あののぉの目で見送った。名残惜しそうに。
何だ、やっぱり僕が気になるんじゃないか。この子。

犀は薄く微笑む。
軽く威圧を込めて。

「僕の目の前から、二度と見ないで済むように、消えてくれる?
 それか二度と消えないようにずっといてくれるか、どっちかにしてくれる?」

紅葉は、目を見開いた。

「若社長…」

「犀だよ、クレハ」

紅葉が犀を見上げる。

犀は、紅葉の目を見詰めた。
そっと屈んで、紅葉の頬へ唇を近付ける。

「犀。
 紅葉。
 そう呼んで?」

耳元で囁いて、髪にキスしたけど、紅葉は逃げなかった。

まぁね。

僕にはこれ以上何にも出来ないけどね。

紅葉は、細く息を吐いた。

「私、リハビリ中なんです」

リハビリ?
何か病気?
ケガ?

「やっと、人前に出て来て…
 社会復帰の」

何?
わけが分からない。

紅葉の黒い大きな目。

犀を見上げる。

「私、小さい頃からずっと家の中にいて、
 ずっと外知らなかったから」

面倒な話になってしまったな。

犀は、ちょっと後悔した。

「じゃあ、僕が幼い頃パーティーで会ったクレハは誰?」

紅葉が、視線を逃がす。

「小さな頃、変質者に連れ去られて、命を落とした紅葉。ですね」

あくまで紅葉ではないフリをするのか。どうして、紅葉がいないことにしたい?

居なくなってるわけない。

犀が、見間違えるわけがない。

犀はαだ。いくら紅葉が成長してたって、分からなくならない。
目の前のクレハは、あの時出会った紅葉だ。
この香りを違えるわけはない。

じゃあ。

「じゃ、クレハは居なくなって、さやかがいるの?」

「はい」

「クレハがいなくならなきゃいけないのは、何故?」

紅葉が口ごもる。

「変質者に、殺されたから」

…わけが分からない。

でも、わざわざ名前を変えて、性別を変えて生きている。

それだけのことが、あってのこと。

「…でも僕はクレハをさやかとは、呼べないな」

「会社、辞めます。
 若社長の希望は、二度と見ないで済むように消えて欲しい、ですよね?
 消えますから」

耐えられるか?
あきらめられるか?僕は。この目の前の紅葉を。
今手を伸ばせば届くかもしれないのに。

あの僕を惹き寄せる目を。

この香りを。

手放せるか?僕は。

のぉ、もう後悔はきみだけで充分なんだよ。

「クレハ、僕と結婚しないか?
 つがいは、別に気に入った人と成立させてくれていい。僕はきみを抱けないからね。
 でも、僕を好きになって欲しい」

紅葉、Ωだよね。

まだ、αとしての嗅覚が嗅ぎ付けるんだ。

この子を繋ぎ止めたい。

多分リハビリ中なんていうくらいだから、決まったつがいはいない。
確かに紅葉は、ずっと外に出てきていなかった。もし普通に交流してたら、もっと見掛けてたはずだ。

この迷う空気。紅葉は僕を気になってる。

好都合じゃないか?

紅葉はまだ何かに悩んでいた。

何を悩む必要がある?
僕は『紅葉』が『さやか』でなくてはいけない秘密ごと共有していいと、取り引きしたいのに。




紅葉は、アルコールに強い方ではないようだった。

軽いアペリティフに、頬を染める。

「若社長は、つがい作らないのですか?」

犀は、カナッペを口に運びながら、意地悪く笑ってみせる。

「犀って呼ばないと、答えてあげない」

「犀」

意外とすんなり紅葉は名前を呼んだ。
そういえば小さな頃、遊んだ時、
「さいー」
って呼ばせたな。
大して歳は違わなかったはず。

僕も
「クレハ」
って呼んだ。
後からモミジって漢字で、クレハ、なんだ、って知ったから覚えてる。

犀は、ブルーボトルの白ワインを口に付ける。

「つがいになるものだと思ってた子から、性癖を嫌われてね。子供も堕ろされて、結婚もしなかった。
 でも良かったのかもしれない。
 僕は癌が見つかってね、場所が場所だったから、二度と子供が作れない体になってしまった」

紅葉は、眉を寄せた。

「子供が作れない?」

「うん。
 αなのに、出来ないんだよ。
 まあ、安全といえば、この上ない。
 でもまだ人を好きになる心はあったらしい。
 きみが欲しいな、
 紅葉」

犀の告白に、紅葉は何故かピンとこない。

「犀は、あの会社を継ぐ方なのに、好きな人と子供を成す事は出来ない?」

犀はうなずいた。

「そう。
 罰じゃないかな。
 好きだった子の一番嫌いな事をしてきたから」

「嫌いな事?」

首を傾げる紅葉は、ひどく幼く見える。
…あの頃ののぉみたいだ。

「好きなのは、その子だけ。
 なのに、数えきれないくらい沢山の人と寝た。
 その子は、そういうのがダメな子だったんだよね。分かってて、やめられなかった。
 だから、泣かせた。
 悲しませた。
 僕から離れて行った。
 他の人のものになった」 

犀は、風の出てきた川辺へ目を遣る。
夜の闇に人工の光があちこち灯り、そう暗くはない。
でも夜のとばりが本物だ。
明るさは偽物。

目の前のさやか、も敢えて偽物。
闇なら闇でいいのに、何故わざと不自然な光になろうとする?
その痛さが僕には好都合で、いいんだけど。
…何かを隠す共犯者。
込みで好きだな。
人は痛みがある方が、結び付きが強くなる。

「もう、人を好きになることはないと思ったんだけど」

クレハの目が、香りが、犀を酔わせる。

人工の光が当たった紅葉の目は、煌めいて犀を見ている。
一人では抱えきれない何か重たいものを持って。
助けを求めている。

のぉも、同じだった。
Ωの異常体質。
自分の不本意であるのに、αを引き寄せる。

あの宿命ごと、
のぉ。
好きだったんだよ。
僕が守りたかった。

好きだ。

今でも好きだよ。

きみと同じ目をした子が、僕を見詰めるんだ。

何か背負って、辛そうな目で。


不幸って

いいね

誰かにすがりたくなる。


紅葉の不幸が何か分からないけれど。

とりあえず本当の名も名乗れない

紅葉でいることすら出来ない何かを

クレハは背負っている。


きっとクレハは

僕を頼って

すがってくれる。

きっと僕は

クレハを抱きしめられる。



クレハの不幸に感謝しよう。

チャンスをありがとう

僕に紅葉を連れて来てくれて。

僕はきっと抱きしめる

きみの不幸ごと。

それできみは僕のものにならないかな。

またあの目で、僕を必要としてくれないかな。

紅葉

きみが僕の人生に欲しい。