#ギイタク
パラレル
山桜桃in祠堂




音楽室のピアノ

なんでささらだけ弾くんだろ。



ささらが、雨の湿気で鍵盤が思うように戻って来てくれない、と今日はあまりやる気なし。

片手だけ、鍵盤に置いて山桜桃となんとなく仲良しな時間。

ポーンと、一音響かせてささらは鍵盤を見詰める。

「山桜桃梅って、いつ咲くんだろ?
 ゆすらの誕生日の頃?」

ゆすらは、ピアノの近くに椅子を持ってきて座っている。

片方頬杖をついて、

「えーと、オレは2月生まれだけど。
 山桜みたいなものらしいから、春かもね」

ささらが、鍵盤を見ているようで、目が遠くを見ている。

「…見てみたいな」

山桜桃梅、ゆすらみたいな花なのだろうか。

ゆすらも、首を傾げる。

「オレも見たことないなぁ、実際には」

ささらが、顔を上げる。

「え、ゆすら、実家どこ?」

「東京」

「わざわざここまで?」

「まぁ、親父の出身校?」

ささらがうなずく。

「そうなんだ」

ゆすらが、椅子を逆に座っているので、背もたれに顎を乗せる。

「ささらは、どうして寮生活?
 祠堂って、特に音楽に力入れてないよね」

「ウチは、両親あちこち、世界中飛び回るから、家を不在にすること多くて。
 僕が寮に入った方がいいかな、って」

「世界中?
 音楽活動で?」

「うん」

ササラ イノウエ。
んー、なんか聞いたことがあるような。

「あ、バイオリンのサチ イノウエと、親戚?」

ささらが、目を丸くした。

「ゆすら、クラシック界詳しいの?
 井上は、父方の親戚だけど、佐智さんは…いくらかは繋がりあるかな。
 そんなに近しい親戚じゃないよ」

「クラシック…詳しくはないけど。
 母がバイオリンを昔してたから。
 あ、井上佐智は、親父の幼なじみだっけな?
 時々国際電話で、『よぉ、サチ〜!』とか、なんかフレンドリー」

「不思議な縁だねぇ。
 でもゆすらは音楽はやらないんだ」

「親父が、からっきしだもん。
 でも音は好き」

ささらが、微笑む。

「あんまりキレのいい曲は、今日は無理だけど、何か弾こうか?」

「ささらの音が一番好き」

ささらが、なんか照れるな、と笑って

「ゆすら、エリックサティ知ってる?」

「サティ、名前はね」

「じゃ、これは?」

ささらの指が音を紡ぎ出す。

「あ、CMで聞いたことある」

「んじゃ、これは?」

「聞いたことは、あるなぁ…」

確かタイトルも。

ささらが、関係ない鍵盤を、ポンと叩く。

「あなたが欲しい」

え?

一瞬驚いて、ゆすらは我に返る。

「あ、ってタイトルなんだ。
 でも、この曲でそのメッセージ性?」

ささらが笑う。

「ぽくないよね。
 でもこれだけ軽く言えたらいいよね」

ゆすらは、えー?
と、納得ゆかない。

「軽く、は言えないでしょ、それ」

ささらが、ゆすらを見る。

立って弾いていた、ささらはゆすらを見下ろす形になる。

「ゆすら?」

「ん?」

ささらが、また一小節弾く。

「きみが欲しい」

ささらが屈んで、ゆすらに顔が近付いて来て…

柔らかな唇がゆすらの頬へ触れた。

「………」

硬直している山桜桃に、ささらが申し訳なさそうに、眉をひそめる。

「あ、ごめん、そんなに嫌だった」

「あ、や、イヤとか、そういうとこじゃなくて、
 今、当たったの、唇?」

「え、うん、ほっぺくらいいいかな、って。
 …いや、ごめん」

ささらが、取り出したハンカチで、山桜桃の頬を拭う。

山桜桃は、身体を引いて

「じゃなくて、謝んなくていいけど、
 人の唇とかって、感触知らなくて、
 ちょっとパニック?」

知らない?

崎山桜桃、超イケメンなのに、
どれだけ純粋?

…でも

「ごめんね、初めて触ったのが、僕で」

「いや、それはやっぱ、初めては好きな人がいいから、ささらが良かったけど」

「ゆすら?」

山桜桃は、パニックからなんとか脱出して、自分の言ったことを思い返す。

しまった?
これは告白なのでは?

ささらが、嬉しそうに山桜桃の首に腕を回す。

「ゆすら、もう一回言って」

ささらの白い細い腕。

「僕を好き?」

「うん、好き」

ささらは、細やかな白い花が咲いたように笑った。

「良かった。
 僕もゆすらをずっと好きだった。
 何でかな。ピアノ聴きに来てくれてた頃から、
 ずっと。
 ありがとう」

その細い腕に力を込めて、山桜桃をぎゅっと抱きしめた。

ささらの髪から、透き通った水のような香りがした。

気がした。



母さん…

好きって

何かな…。