#BL小説
今日は、いつもに増して、朔也の顔を見たかったけれど。
羅奈は、さすがに、合わせる顔がなく。
何か、もっともらしい理由を付けなくてはと考えて、そして嘘をつくのが苦手な自分に気づいた。
仕事から帰って、アパートで携帯を見つめていると、昨日から音信不通の羅奈に、朔也からのラインが入る。
『具合悪い?
何か持っていこうか?』
朔也からの文字は、羅奈のやましい心に、充分過ぎるくらいに刺さった。
ラインを、開いてしまったので、既読になる。
莉帆と寝て来た自分には、返信の言葉がなくて、ただうろたえて、後悔もあって、朔也へ向ける正しい文字なんて浮かばなかった。
携帯を、放っておいたら、朔也からライン電話がかかって来た。
そりゃそうだろう。
既読無視なんて、普段羅奈はしないのだから。
鳴っている携帯を、羅奈は握れずに、床へ落とす。
通話にしてしまったら、話さなくてはいけない。
羅奈は、そっと床へ指を伸ばして、携帯を切った。
そんなことしたら、何かあるのが、あからさまなのに。
朔也は、羅奈の行動パターンを読んでいた。
羅奈が、自分を見たら逃げる事は想定内で、朔也は車をどこかへ停めて、羅奈のアパートのドアの前で、背をもたれて待っていた。
先に車をみつけたら、羅奈は逃げ出していただろうから、朔也の選択は正解だ。
朔也は、羅奈の姿を見つけて、ほっとした顔になった。
羅奈には、意外な反応だった。
罵倒されるか、無言か、しか思いついて無かった。
階段を上って来たのに、羅奈は手すりを握ったまま、足が動かない。
朔也は、そのまま動くな、と手の平を向けて羅奈を制して、ゆっくり近づいて来る。
「羅奈」
返事くらいしなくては、と羅奈は口を開いたけど、言葉は空を切って音にならず、ただかろうじてうなずくことは、出来た。
朔也は、羅奈との距離を縮める。
「大丈夫だから、動くなよ。階段踏み外すから」
ダイジョウブ?
朔也は、何のことを言っているのだろうか。
羅奈は、声が出ない。
動くな、と言われても、動きたくても出来ないのだ。
朔也を、見上げたら、手すりを掴んでいた手を上から握られ、もう片方の手は、朔也の指に繋がれた。
朔也の力を感じたら、やっとそこにだけ感覚が戻った気がした。
「羅奈、カギ貸して」
動けそうにない羅奈が、パーカーのポケットに目を遣ると、朔也がカギを取り出して、部屋を開けた。
羅奈は、引っ張られて、部屋へと連れ込まれる。
そのまま肩を押されて、床へ座らせられた。
ペットボトルの水を、頬に当てられ、羅奈は朔也を見上げる。
朔也の目は静かだった。
朔也は、ボトルキャップを開けて、羅奈へ手渡したけど、羅奈はボトルが握れなかった。
朔也が、しゃがみ込んで、羅奈の口へとボトルを当てる。
冷えた水が、羅奈の口腔内に流れて、喉を通って落ちて行った。
朔也が、ほっと一息つく。
「俺は、何もしないから」
羅奈は、首を傾げた。
「あの?」
やっと声が出た。
朔也が、覗き込んでくる。
近くて、唇が触れそうだ。
「お前、死にたそうな顔してるよ」
羅奈は、驚いた。
居なくなってしまいたい事は、言われるまで気づかなかった。
朔也に、先を読まれた。
「俺に、悪い事した、って思ってる顔。
俺が、聞いたら大した事じゃないんだろうけど。お前だからな」
朔也は、ため息をつく。
「お前だから、何しでかすか分からないからな。
俺しか、止められないから、来た」
「朔也…」
「うん?」
「俺、女と寝て来た」
朔也は、だろうね、と肩をすくめた。
「なあ、羅奈?」
「はい」
朔也が、しゃがみ込んで、羅奈と視線の高さを合わせる。
「俺は、お前が、人を殺して来たよ、って言っても、お前の味方だよ。
お前は、考えなしに行動しないから。
殺されるに値する人間だったから、そうされて然るべきだったんだろうな、と俺もきっと納得する」
「そんな」
朔也は、笑った。
「ものの例えだよ。
お前が、することには、ちゃんと意味がある、って言ってんの」
羅奈が、黙り込む。
「話さなくていいけど、俺しばらくいるから。
お前ひとりに出来ない」
「朔也」
朔也は、微笑った。
「お前、俺の名前ばっか呼んでんね。
俺のことばっかり考えてたろ」
羅奈は、うつむく。
そうだ。
「朔也」
「うん?」
「俺が、朔也とやったら、どうしよう?」
唐突な、内容だったはずなのに、朔也は、普通にうなずいた。
「お前が困ることは、俺は、しない」
「……」
「俺が、しなきゃ大丈夫だろ?お前が、何したって」
「お前が、どうなったって、俺が平気だから、何も起こらない。
だから、安心して、お前はどうにでもなれ」
朔也は、苦笑した。
「俺がお前に、何かするんじゃないか?って心配は、しないくせに、
お前が、俺に何かするんじゃないか?
って心配は、するんだもんな」
変なの、と朔也は、笑って、
「お前、ずっと、自分にうろたえてたろ。
お前が、望んでないなら、俺がちゃんと止めてやる。心配するな」
「女と、やって来たのに?」
それで、現状がどうにかなるなんて、思っていた。
「だから、分かってるって。
さすがに俺だって、嫌じゃないとは、言えない。
でも、お前だからな。おおかた、女とやっとかないと、俺としそうだとか、考えたんじゃないの?
お前、俺とすんの、すっごい怖がってるからな」
朔也が、一度考える。
「俺だから、じゃないか。
お前は、男とがダメなんだよな」
そう。そこは、越えてはいけない。
「だからって、女とやっても、解決してない。
余計悩んでるよ、お前」
「だって…。
好きじゃない人と、するの嫌だ」
「ホントに、好きな人がいたら、そうなんじゃないの?
俺、今まで、そういうことが無かったから、どんなもんだろうね、って感じだけど」
羅奈は顔を上げた。
朔也と、目が合う。
「やっとこっち見た。
お前が、好きなのは、俺だろ?」
「…うん」
「じゃあ、これからの女は、さすがにカウントだからな。
今までのは、ノーカンだけど。
羅奈OK?もう、やんないで。こんな俺ですら、傷つく。お前を、女に触らせたくない」
「ごめん」
「ごめん要らないから、俺を好きって言って」
「すき」
「俺も、好きだから、お前の事」
「まだ、いいの?」
「お前が、物心ついた頃からずーっとこのテーマ悩んでるの、分かるから、大丈夫。
俺のこと好きだろ?」
「うん」
「じゃ、いい。
一緒にいる。
お前が、不本意なことしそうになったら、止めてあげます。
心配しないでください」
自分に、生きている価値があると思えたら、朔也みたいに、なれるのだろうか?
朔也が、羅奈の頭を撫でる。
「今出ない答えを、出そうとするな。
俺は、お前を好きだよ。
今は、そこまでにしとけ?」
「…うん」
朔也が、緩く羅奈を抱きしめた。
「好きだよ」
言われて、羅奈は目を閉じた。
こんなはずじゃなかった。
罵倒されて、別れられるつもりだったのに。
更に、好きだと言われて。
更に、朔也を好きだと思ってしまった。
…なんてことだろう。
こんなはずじゃなかった。