#BL小説
蒼空に、嫌な思いをさせた、と匡介は思っていたのだけれど、蒼空は、2日と空けずに匡介の部屋へと来ていた。
あれから、匡介は、冷静に反省し、とりあえず唇を合わせるのは、止めておいている。
蒼空は、どう思っているのか。
分からないけれど、蒼空の匡介に向かう表情は、少なくとも、責めてはいなかった。
でも、蒼空は、無意識だろうが、なんとなく匡介を目で追うようになって来た。
なので、匡介は、気づいたらなるべく目を合わせるようにしている。
合ったら、笑い掛けると、蒼空が、ほっと力を抜くのが分かる。
「あのさ、キョウ」
穏やかな空気に戻りつつあった。
匡介が、蒼空を好きなのは、明白で、充分自覚していた。
だからといって、それを蒼空へ、どうこう要求するのは、匡介の一方的なワガママだ。
何を出来る訳では無い。
蒼空を好きなのは、もう、どうしようもない。
ただ、想いを押し付けないよう、匡介は、自分に言い聞かせていた。
ホントに、恋愛は、一人で出来るものでは無い。
こんな歳になって、今更だけれど。
「キョウ?聞いてる?」
蒼空の、大きな黒い瞳が見上げていた。
匡介は、目を合わせて微笑いかける。
「ああ、ごめんね。何?」
「人を、好きって、大変だね」
もの凄く意外な言葉を、蒼空の口から聞いた。
「…え?」
匡介が、あまりの予測外の蒼空のセリフに、固まっていると、蒼空から苦笑された。
「キョウ見てて、思い出した。
何度も、ごめんってオレに言ったじゃん?
キスした時。
オレもさ、なんかやたら、ごめんなさいを繰り返してた事があったなぁ、って。
何だったっけ?って」
蒼空は、遠くを見つめる目になった。
「ママだった。
好かれたくて、好かれたくて、あの時のオレには、ママしかいなくて。
ママの気に入るように、必死で。
ママの気に障ったら、ごめんなさいごめんなさい、って。
4歳のオレは、ママに好かれたかった」
今はもう、どうでもいい事だけど、と蒼空はつぶやいた。
「好き、が分からないんじゃなくて、
あれから、好きになるのを、あきらめたのかな。
あきらめてたら、そのうち、
好きすら、分からないものに、なっていってた」
蒼空が、遠くを見つめていた目を、匡介へと戻した。
「キョウが、笑わなくなって。
今までと違う、
訳わかんない事言ったり、したりする。
物分かりのいい、大人のキョウじゃなくなって。
でも、オレは、それが何だか分かんなくて。
ああでも、好きって、自分でもどうしていいか分からなくなる、こういうのだった気がして。
相手に凄い一所懸命になって、
報われなかったりするんだけど、
情け無くなったり、するんだけど、
でも、なんか、いいんだよね。それ。
忘れてたけど。
キョウは、オレに、人生を教えてくれるって言ったけど。
オレに、好き、を教えてくれるつもりだったの?」
違う。
そんなことを、考えてたんじゃない。
ただ、髪を切って、また綺麗になった蒼空に、たまらなく恋をして。
自分を、抑えきれなくなって、
自分の方を見て欲しくて、
蒼空が、他へ行ってしまうのが、嫌でたまらなくなって、誰と闘っていいのか分からないまま、自分の中で見えない敵と、争っていた。
嫉妬という、独占欲という、不愉快な感情の中で。
蒼空が、長かった頃の癖で、前髪を搔き上げる。
指の間から、茶系の髪が、さらさらと滑り落ちた。
それすら、誘われるように色っぽくて、匡介は、目を逸らした。
蒼空が、匡介を覗き込む。
「あのさぁ、キョウ。
オレ、キョウのこと、すごい大人で、
いつも冷静で、優しくて、完璧だって思ってたけど」
蒼空の、大きな、変わらない漆黒の瞳が瞬きする。
「キョウも、何かは、欠けてて、
でも、オレに欠けてるものを持ってて、
オレたち…てか、キョウとオレは、
だからこそ一緒にいた方がいい気がする」
匡介は、考えてもなかった蒼空の言葉に、目を見開く。
『 足りないものを、探す為に。
出来上がらないものを、作る為に』
蒼空は、誰に言うとでなく、つぶやいた。
「だから、オレは、キョウに、あの時、また会いたくなったのかな」
どこかは、自分達は、違うところだらけで、
「だから、出会えたのかな」
でも、どこかは、自分達は、似てもいて、
「だから、キョウ、一緒にいよ?
オレは、オレに無いものを、キョウの中に見る。
キョウは、…オレの中に、何を見るかな」
蒼空は、ふわりと優しく微笑った。
「なかなか、分かんなくて、キョウにばっかり、考えさせて、ごめんね」
蒼空の手が、匡介の頬に触れた。
「一緒にいよ、キョウ」
『すきだよ』
最後の4文字は、キスと共に、匡介の耳へ届けられた。