昨夜、久しぶりに自分としっかり繋がった私。
膣に指をサクっと入れまして(下世話な表現で失礼)
私の命の源に繋がるという行為です。
一人宇宙とか一人え っちとかいいますが
私は「子の宮参り」と称しております。
私の子の宮に繋がる産道(参道)にお参りするのです。
ここ数日、ずっと心がモヤモヤ、ザワザワ・・・・
猜疑心やら、下手すると呪う気持ちまで溢れて来そうなほどだった。
ええんですよ、そういう気持ちになる事もあって。
ただ呪うかどうかは別物ですけど。
んで、シャワー浴びている時に聞こえたんです。
『さみしいよ』
そう切に訴える声。
そういえば最近、誰かとずっと一緒にいて
自分と繋がるという事をしていなかったなぁ。
自分の淋しさとか悲しみとかそういうのを
誰かのせいにしたがっていたなぁと気付いた。
あぁ、このさみしいは私そのものの声だ。
私の子の宮さんが言っている思いだ。
そう思ったのです。
シャワー浴びてスッキリして、
お布団に横になって繋がってみた。
『さみしい、もっと愛してよ』
素直にそういう私の参道を通じて聞こえる声。
『ごめんね、また無視しちゃってたね。
ありがとう、教えてくれて。
大好きだよ、ずっとそばにいてくれてありがとう』
そう言いながらずっとただ指を入れて繋がってた。
別にオーガスムとか求める訳じゃなく
自分を愛している事を思い出すように繋がった。
すると、じんわりと温まってくる参道。
そして洗い清めるように、泣く様に、潤う。
『あぁ、泣きたかったよね。さみしくて。
こんなに知らん顔されてたらたまらないよね。
こんなに温かいのに、こんなに柔らかいのに、
それを無視されていたら悲しいよね』
どんどんそんな気持ちと言葉が湧いて出てくる。
ゆっくりゆっくり。
自分と繋がっていく。
良いも悪いもなく
罪悪感もなく
高揚感もなく
ただじっくりと自分の子の宮と繋がる。
私が誰かに求める気持ち
私が誰かに吐き出したくなる気持ち
それはすべて私の子の宮が
私自身に言いたい気持ち。
そういう事が実感できた。
『ここにすべてあるよ』
前にそう言ってくれていた私の子の宮。
なのにまたそれを忘れて誰かに求めようとしていた私。
怖さを誰かのせいにしたくて卑屈になっていた私。
さみしかっただけなんだよね。
そう思いながら時間をかけて
じっくりじっくり自分の温もりを感じていたら
ふぅ・・・っと何かが軽くなった気がした。
その時、指に感じた感覚。
ビリビリビリ・・・ビリビリビリ・・・
電気が走る様な感覚。
『あぁ、繋がった。応えてくれている』
そう思った瞬間、ほわっとした気持ちになって
急に眠気がどーーーーーーーーと押し寄せてきた(笑
眠たくなるんかい!!(笑)と思ったけど
身も心も解き切って眠りたかったのも事実。
ジェムリンガをそっと入れて
『ありがとう、ずっとよろしくね、愛してるよ』
そう自分にしっかり伝えて眠った。
今朝、目が覚めたら昨日までの
どよ~~~~~~~ん・・・・とした気持ちがなくなっていて
ふぅ~・・・・・・・って深い息を吐く事が出来た。
体にもずっと力が入っていて
息もずっと浅くなっていたんだろうなぁ。
本当にふか~~~~~~い息を吐き出した。
その瞬間、何かスッキリ。
『朝ごはんでもしっかり作ろうかな!』
な~んていう気持ちになって、
日頃は作らないようなモーニングを作った。
これがまた美味しくて幸せ感UP。
誰かと繋がっている喜びを感じるには
私が私の命と繋がっていないと
本当にその喜びを甘受できないんだなぁ。
そんな事を感じた。
私には子の宮さんがある。
女として生まれてこれた喜びを感じられる今がある。
それは命と繋がる子の宮さんがあるから。
あと、ちょっとひどくなりそうだったアトピーさんが
朝起きたらひどくなっておらず、綺麗になってた(笑
もうどんだけ正直なのよっていうね(笑
この行為を「けがらわしい」とか「いやらしい」と思う気持ちは私にはない。
せ っくすとかまぐわいがあるから命を紡げるのだから。
私の生み出した命がまた新しい命に繋がるのだから。
女が子の宮を大切にして
命と繋がる「性」を大切にすることが
けがらわしいとかいやらしいとかいうならば
その人は自分をけがらわしくていやらしい行為の産物だと言っているのと同じ。
違うよね。
そんなことないよね。
私は自分の命と繋がる為に
子の宮参りをする。
そんな淋しさを自分で感じて自分で受け止めて自分で癒せるのが私。
それもぜんぶ、自分の中に在るお宮に子の宮参りするから。
私もあなたも愛から生まれた命だから。
私のあの人も愛で紡がれた命だから。
そう思えた朝だった。
昨日までの「呪い」は自分にかけようとしてたものだった。
良かった、呪わなくて(笑
子の宮さんと繋がっていたら
どんどん自分を好きになって愛していける。
幸せだと思う。
私は自分をもっと素直に愛していく。
その為に子の宮参りをする。
それを伝える。
繋がっていく過程を赤裸々に見せる。
上手に伝えられなくてもそのままこのままありのままに。
それでいい。
そう思っているのです。
昨日までの淋しさは私を抱いたら癒されました。
うふふふふ~♡