1945年8月6日午前8時15分17秒


テニアン島を出発したB29戦闘機エノラ・ゲイ号に搭載されたウラニウム爆弾「リトル・ボーイ」が


広島市の上空600メートルで、閃光を放ち爆発した。


人類初の原子爆弾投下である。


その威力は、本来持っていたエネルギーの約40パーセントほどしか発揮されなかったにもかかわらず


一瞬にして数万人もの尊い命を奪った・・・・・


あの日から63年。


今も、放射能の影響による原爆症で苦しみ、亡くなっていく方があとを絶たない。


アメブロでも、ヒロシマに関する記事を書いている方が多くいらっしゃるように


決して忘れ得ない出来事である。


私が、ヒロシマそしてナガサキのことを知ったのは


幼稚園のころ読んだ「8月が来るたびに」という児童文学であった。


(私は、10歳離れた兄がいたので、5歳の時すでに漢字が読めて九九が言えたのです)


それから、「黒い雨」(井伏鱒二)や「夏の花」(原民喜)など多くの「原爆文学」を読んだが、


広島の原爆資料館を訪れ、そこで見たさまざまな記録を見たときの衝撃は


私の想像していた以上で、筆舌に尽くしがたい惨状であった。


私は、被爆二世でもないし、身近な人に被爆した方もいない。


そんな私が、ヒロシマについて語るのはおこがましいし、被爆した方に対しても失礼だと思う。


けれど、戦争体験や被爆体験が風化し、63年前まで日本が無謀な戦いをしていたことなど


まったく知らない子どもたちが増えている現状を思うと、こんな形ででも、触れずにはいられなかった。


原爆が投下され、当時は以後100年は草も生えないと言われたその土地に


今は、青々とした木々が風にその葉をそよがせている。


自然の力強さに敬意を表すとともに


平和について今一度考えてみたいと思う




 CGによって川面に映し出された、被爆前の原爆ドームと現在のドーム




今日、行われた平和祈念式典の様子


画像はどちらも共同通信社のものをお借りしました。