39歳で入籍し、すぐに不妊クリニックを受診。
AMH0.12(卵巣年齢55歳)と診断され、医師からはあと2年くらいで閉経だろうといわれました。生まれつき卵子が少ない体質とのこと。
すぐに高度医療、体外受精をスタートさせる。
初診クリニック
【4回採卵/1回移植→着床せず】
転院先
【7回採卵/3回移植→着床せず】
【移植前に腹腔鏡手術】
3回目の移植を終えた時は42歳をとっくに過ぎ年末を迎えようとしていた。
43歳になり里親登録をはじめることにした。
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🔸児童相談所での面談
エリアの児童相談所での面談だった。
相談所の方二人と心理士さん一人。
ここでもまた同様、里親についての説明と年齢、職業、年収、家の広さなど聞かれた。
私は自営業でスケジュールあわせやすいので割と好印象ではあった。
そして夫が、ここでもまた里親に対する熱量の差があることを伝えてしまった。
当たり前にそれは良くないといわれたが、面談中の夫の質問の量が半端なかった。
前のめりで質問していた。熱量は最初よりあがってきているかもしれない。
興味ないと言ってたわりに色々自分から質問していて少し安心はした。
里親の件、親族の同意はOK。あと養子縁組か養育里親かどちらにしますか?と言われた。
両方は無理のよう。理由は決まりだからとのことだった。どちらにするか悩んでいた。
あと問題となった内容が
私と夫
どちらの両親、兄弟からも了承を得ないと里親登録はできないとのこと。
急に家に子供がいて、どうしたってなるし親族間のトラブルを回避するため。
私の両親は離婚し、母親は他界
父親は不明である。連絡先は知らない。
→これもいつ離婚して、その後の父親のことなどかなり詳しくきかれた。借金があると困るからと。
長期間連絡なしとのことで弟のみの承諾が必要となった。
夫は両親、兄弟(兄、弟)の承諾が必要となる。
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🔸お互いの家族に話す
私は実家にいき、早速弟に話してみた。
「子供ができなくて、色々考えた結果里親登録をしたいと思っている」
弟「自分の人生だし良いと思う、ま〜産むのも大変だからな」
と賛成してくれた。
里親と養子の違いがわからないみたいで説明した。唯一の兄弟が了承してくれてよかった。
そして
「もう少し二人で頑張ってみればいいのに」
と一言。
だよね、わかっている。
兄弟と親とはまた考えがかわってくるが
私の唯一の味方、とても嬉しかった。
弟はこれでOK。
あとは夫のほう。
対面がよいので年末年始帰省時に。
年明け、帰り際に話す。
『里親を考えている。』
年末年始に帰省したので改めて、義両親に『里親』についてお話した。
義父に
「どんな子が来るかわからない、病気かもしれない、恨まれて殺されるかもしれない。良い事よりも悪いことのほうが多い、しっかり考えたほうがよい」
とご意見いただいた。
ほぼ反対だった。
義母はとなりで話だけ聞いていた。
研修を控えていた。
家族の了承が得られてからどのことで時間がかかった。
しかも夫は土日やすみではない。
ここから夫の意欲も下がり
里親の件、夫は両親に反対されたとの解釈で里親はなくなりそうだった。やりたければ両親を説得して。とのこと。
説得したところで本人にやる気がないなら難しい。
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🔸その後
義父に反対され、里親登録は平行線にとどまり、それで落ち込むこととなる。
落ち込んで体調も悪くなり、先も見えず、寝込んでしまうこともあった。
なんかやる気でなくて。食欲もなくなり、またこの先の将来どうしようか思い詰めた。
両親が離婚したのもあって留学から帰国したが、また海外に住みたいと考えたりもしていた。
たまにうつ病ではないかと寝込んでいた。
ベッドでゴロゴロすることがふえてきた。
食欲減退、そういや生理こないな。閉経したかな。
ずっとほったらかしにしていた、どうでもよかった。もう閉経でしょ、現実うけとめるよ。
あと2年くらいで閉経。と医師からの告知。
42歳の予定だったので、もう43歳だしそうなのかと思っていた。
これまでの不妊治療は全て陰性、妊娠検査薬も陽性でたことがない。
義両親に里親について話したのが年明け。
そこからお腹が少しでてきたように感じた。ただの運動不足、便秘、中年太りだとか思っていた。
それから日時がすぎると、腸がやたらと動くようになった。夜になるおかしくなり、寝れなくなってきたり
この腸の動きが激しくなり、いよいよおかしいと感じはじめた。
なにか想い病気になったのかとおもい、医療機関を受診することにきめた。
しかしこれが胎動だった。
そして3月にようやく病院にいったら妊娠していた。
6ヶ月(22週2日)だった。
すぐに病院を予約してください。と言われ、気持ちも追いつかず慌ただしい一日となった。
まだ病院でしっかりみてもらえず翌日まで不安ではあったが予約できてよかった。
翌日、朝から向かうことになる。
発覚したその日、寝れないほど胎動がかなり激しかったのを覚えている。
やっと気付いてもらえた!と喜んでいたのかもしれない。
