しとしとと、雨が降りつづいている。
わたしは“この雨は来年の春までやまないから”って思っていて、誰もいない観光案内所の一階ロビーでネコを抱きかかえながら窓の外をぼんやり見ている。
スッ。
わたしの腕の中から抜けだしたネコが、一度もふり返ることなく階段を上っていってしまった。
「あ~かいアイアンゴーレムいらんかね~♪」
妙な節で唄いながら、アイアンゴーレムが窓から顔をのぞかせた。
「言葉を話せるようになったんだね~」
わたしは特に驚きもせず、中へ入ってこようと大きな顔を窓にぐいぐい押しつけているアイアンゴーレムを見ている。
“このままだと、窓が割れて大騒ぎになってしまう”と思ったわたしは、観光案内所の入り口の鍵を開けるために窓をはなれた。
「ほら、こっちから入れるよ」
入り口ドアを開けると、アイアンゴーレムはもうどこか違うところへ向かって歩いていた。
のっぽな身体をゆっくりと左右に揺らしながら、無表情で唄っている。
「あ~おいアイアンゴーレムいらんかね~♪」
…………
……
とても長い夢でした。
「雨が降ってて……、それで……、え~っと……」
わたしは昔から眠りが浅くて、起きたときに夢をおぼえてることが多いです
でもそれは起きた直後だけで、そのあとは普通の人と同じようにすごい早さでどんどん夢は記憶から消えていってしまいます
「う~ん……。どんな夢だったっけ」
出勤の準備がおわるころには、夢の内容をすこしも思い出せなくなってました。
というわけで。
きょうも、派遣のアルバイトです。
契約期間は、のこり一週間。
『テーマパーク跡地のとなりの村』に通うのも、あと少しだけです
ピザ屋さんの店員、遊園地のアトラクションの建設工事、夜間のビル清掃に警備……。
今回のアルバイトではお金だけじゃなく、いろいろな職業を経験することができました
…………
……
村に到着。
ピザ屋さんのオープンまで時間があるので、すこし散歩してまわります
「この景色も、もう少しで見納めだなあ」
って……。
いつもより、アイアンゴーレム多くない?
その夜。
ピザ屋さんの閉店作業がおわったあと、また行ってみると……。
さらに増えてました
(なになに? なんでなんで?)
プログラムのバグ わたし、何かした
無意識に“アイアンゴーレム・トラップ”を完成させてしまったとか
※マインクラフトは、「村人が10人増えるごとにアイアンゴーレムが1体ずつ召喚される」というシステムだったはずですが……。
それにしても。
すごい迫力です
アイアンゴーレムの仕事は“村人を守ること”なので、今このタイミングで村人と揉めたら一巻の終わりです
ちょっとでも村人の肩にぶつかったりしたら……。
ここにいるアイアンゴーレムが全員、わたしを“敵”と認識して襲いかかってきます
村人に接触しないように……っていうか目も合わせないようにして、家路をたどります
…………
……
翌朝。
出勤してみたら……。
ピザ屋さんの向かいの小麦畑にも、たくさんのアイアンゴーレムが
このままだと小麦を刈り取りにいけないので、ピザもパスタも作れません
商売あがったりです。
そこで。
白羽の矢が立ったのは、ピザ屋さんの中でいちばん下っ端のわたし
鉄のよろいで完全武装して……。
引き綱(リード)を使って、アイアンゴーレムを畑から連れ出す業務です。
「えいっ」
アイアンゴーレムに、リードを引っかけることができました!
こうして。
一体ずつ順番に、小麦畑の外へ引っぱり出していくこと4時間30分
途中。
「はうぅっ……」
足の小指をアイアンゴーレムの角(かど)にぶつけてしまい、うずくまること4分30秒
…………
……
移動させたアイアンゴーレムは民家の庭先に置かせてもらっていたのですが、いっぱいになってしまいました。
なので。
土で踏み台をつくり、残りのアイアンゴーレムはピザ屋さん横の空き地へ移動させることに。
「えいっ」
もう、手慣れたものです。
「よいしょ、よいしょ」
リードで引き寄せて……。
ビヨ~ン
めったに見れない、アイアンゴーレムの足の裏です
もちろん。
この作業中も、村人たちにぶつからないように細心の注意を払っています。
今やこの村の防衛力は、だれが見たって世界一です。
十数人の村人を、数十体のアイアンゴーレムが守っているのですから……。
なんども死を覚悟しながら。
ようやく、小麦畑はもとの姿に
何がなんだか分かりませんが、ピザ屋さんの仕事の中には“命懸けの業務”もあるっていうことを知れた一日でした……
それから。
数日後。
ピザ屋さんに、農業のおじさんが駆け込んできました。
「たたた、たすけて~」
「どうしたんですか?」
おびえる農業のおじさんと、いっしょに行ってみると……。
そこには。
アイアンゴーレムが、生えていました……。
「く~ろいアイアンゴーレムいらんかね~♪」
こちらに向かって、妙な節で唄っています……
畑から上半身だけが出ている、アイアンゴーレムの異様な姿……。
「あわわわわ……」
…………
……
つぎに。
アイアンゴーレムが生えてくるのは……。
あなたの畑かもしれません……
おしまい