【記事】イミンホ信義3本まとめて~視聴率1桁他 | 猫娘の韓流日記

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「神医」視聴率一桁に下落…このままで大丈夫?

TVREPORT|

写真=SBS「神医」スクリーンショット
SBS月火ドラマ「神医」(脚本:ソン・ジナ、演出:キム・ジョンハク、シン・ヨンフィ)の視聴率が一桁に落ちた。

25日、視聴率調査会社AGBニールセン・メディアリサーチによると、韓国で24日に放送された「神医」第13話は9.7%(全国基準)の視聴率を記録した。これは前回 (10.1%)より0.4%下落した数値だ。

この日、徳興君(パク・ユンジェ)がウンス(キム・ヒソン)に近づき、王位への野望をあらわにする姿が描かれた。

徳興君はキチョル(ユ・オソン)に呼ばれ、ウンスに彼女の手帳を渡しながら近づいた。ハンサムな徳興君の接近にウンスはカッとなり、警戒した。続いてキチョルとの会話で徳興君は自身の野望をあらわにした。

特にウンスの気を買おうとする徳興君と恭愍王(リュ・ドクファン)の改革が合わさり、どのような葛藤を起こすのか、注目を集めた。

同じ時間帯に放送されたMBC「ゴールデンタイム」は13.7%、2話連続で放送されたKBS 2TV「海雲台(ヘウンデ)の恋人たち」は9.2%、9.3%の視聴率をそれぞれ記録した。

記者 : ファン・ソヨン

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「神医」イ・ミンホ、高麗時代の戦場もランウェイにする“花武士”

OSEN|

俳優イ・ミンホがバランスのとれた八頭身のプロポーションでSBS月火ドラマ「神医」(脚本:ソン・ジナ、演出:キム・ジョンハク)で注目の的となっている。

イ・ミンホは「神医」で高麗武士チェ・ヨン役を演じながら、キチョル(ユ・オソン)と激しい対立を繰り広げている。劇中、恭愍王(リュ・ドクファン)への忠誠を誓い、命をかけて王を守って活躍している。

そのキャラクターのため、武士の衣装を着ているイ・ミンホは、完璧な着こなしと際立つボディラインで女性視聴者たちの注目を集めている。さらに女心をくすぐる深い目つきの演技や多様な感情の演技も加わり、高麗時代の武士への夢を刺激している。

ネットユーザーは「恵まれた身長イ・ミンホ!」「高麗時代のイケメン!」「チェ・ヨンが側にいればウンスは本当に心強いだろうな」「歴代将軍の中で最高のプロポーション!」などの書き込みを残している。

韓国で先週放送された「神医」では、キチョルが徳興君(パク・ユンジェ)を新しい王座に就かせようとする工作を始め、チェ・ヨンの立場が揺らぐことが予告された。

記者 : チョン・ソナ
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「神医」キム・ヒソン、応答せよ!“特別だった”キム・ヒソン時代

OhmyStar|


「神医」で野心満々に復帰したキム・ヒソン、彼女は再び“特別に”なれるか?

「キム・ヒソンには何か特別なものがある」

1998年と1999年、2年連続で秋夕(韓国の祭日、旧暦8月15日)特集として放送された「キム・ヒソンショー」のタイトルだ。それだけキム・ヒソンは特別だった。また、“ひどく”綺麗だった。綺麗だから、すべてを認めてもらい、綺麗だから、すべてが許された。時には礼儀のないおてんば娘のようだったが、綺麗なキム・ヒソンを拒む人は誰もいなかった。

「100年に1回出るかどうかの最高の美女」というデザイナーのアンドレ・キムからの絶賛は、決してキム・ヒソンにとっては過剰な表現ではなかった。


90年代の若さの象徴、キム・ヒソンブーム

1990年代のキム・ヒソンは、新世代のすべてを代弁、象徴するひとつのアイコンだった。贅沢な買い物好きでありながら、自己主張もはっきりしていて、主観の強かった彼女のユニークなキャラクターは、90年代の女性スターの典型的なキャラクターとは明らかに一線を画したものだった。一種のカルチャーショックだった。キム・ヒソンの若さは、これまでの世代にはカルチャーショックを、新しい世代には若さへの誇りを与えた。

“おてんばだけど、愛するしかなかった”キム・ヒソンの存在は、若さとエネルギーの象徴だった。魅力や個性も若さから生まれた。若さの熱気やコントロールできないほどの強い個性が、当時のキム・ヒソンを作り出し、今のキム・ヒソンを作った。

キム・ヒソンは演技が最もうまい女優ではなかったが、人々に愛される魅力の持ち主だった。キム・ヒソンの愛に落ちた人々は、キム・ヒソンの頻繁なミスも大目に見た。

「銭湯屋の男たち」(1995)と「カラー」(1996)から始まったキム・ヒソンブームは、「ミスターQ」(1998)と「トマト」(1999)で絶頂に達し、「ひまわり」(1998)と「グッバイ・マイ・ラブ」(1999)でも健在であることを証明した。

キム・ヒソンが出演するドラマはいずれも視聴率30%以上を記録し、彼女がつけたアクセサリーは、翌日には韓国最高の流行のアイコンになった。インターネットや携帯電話があまり普及していなかった当時、人々はキム・ヒソンから最先端の流行やスタイルをキャッチした。


90年代のキム・ヒソンは伝説的なスター

このように韓国の芸能界は、キム・ヒソンの登場によって、女性スターが韓国でどのように消費・生産されるかを、ダイナミックに見守ることができた。女優チェ・ジンシルすらできなかった文化のどんでん返しを、キム・ヒソンは5~6年という短い期間にすべて成し遂げた。これまでの世代は、キム・ヒソンの登場とともに新世代の文化を経験し、キム・ヒソンのドラマを通じて新世代のスタイルを理解した。

つまり、キム・ヒソンは人々の好き嫌いとは関係なく、到底拒むことのできない、90年代の唯一の“新世代スター”だった。キム・ヒソンを知ることはつまり新世代を知ることであり、キム・ヒソンを見ることはつまり新世代を見ることだと、当時の韓国の人々は知っていた。そのときのキム・ヒソンが「Only キム・ヒソン」「ひたすらキム・ヒソン」と思われたのは、当然のことだった。

足りない演技力さえ愛らしかったキム・ヒソンという名前の女優は、秋夕になると「キム・ヒソン特別ショー」として全国の30%の視聴者をテレビの前に釘付けにし、化粧品のCMひとつでその化粧品の売り上げを3倍も上昇させる奇跡を起こした女優だった。90年代のキム・ヒソンは“伝説のスター、伝説の女優”という呼称に値する人物だった。


応答せよ、キム・ヒソン時代!

ところが、光が明るかっただけに、影は暗かった。2000年代に入って、キム・ヒソン時代は急激に終わりを告げ、彼女は長期間にわたって低迷していた。野心を持って挑戦した映画は、評論家や観客の関心を受けず、寂しい成績に終わり、不敗神話を誇ったドラマにおいても引き続き低い視聴率に留まった。“伝説のスター”であるキム・ヒソンとしては受け入れがたい成績だった。

そのような彼女が、2012年、SBS月火ドラマ「神医」で強い決意を持って復帰した。今回の復帰はキム・ヒソンにとって重要な意味がある。結婚後、初のドラマ出演という象徴的な意味があるうえ、2000年代に経験した激しい不振を払い落とす絶好のチャンスだ。キム・ヒソン時代の再建のためには、「神医」の大衆的成功は必須条件だ。

条件は悪くない。「黎明の瞳」「砂時計」「太王四神記」でブームを起こしてきたキム・ジョンハク監督とソン・ジナ脚本家のコンビがタッグを組んでおり、若手スターのイ・ミンホ、演技派俳優のユ・オソンなどが合流し、同時間帯のドラマの中で最高の制作チームとなっている。キム・ヒソンの復活をひそかに期待してみたくなるところだ。

ただ、10話以上放送された今も、10%前半の視聴率に留まっていることは残念だ。競合作の「ゴールデンタイム」の終了後、どれだけ上昇するかが「神医」の課題となった。タイトルロールを担ったキム・ヒソンは「体感する視聴率は40%だ」と話し、自信を示している。キム・ヒソンの展望は「神医」の今後の視聴率にかかっているとも言えるだろう。

果たしてキム・ヒソンは、「神医」を通じて90年代の人気を再現できるか。当代を代表するアイコンであり、若さの象徴であり、空前の人気を博して伝説的なスターとして崇められた彼女は、2012年、新たな俎上(そじょう)に載せられている。彼女が健闘することを、90年代の“最後のスター”としてプライドを守り続けることを期待してみたい。

記者 : チョン・ヘオク