新年度が開始して慌ただしく仕事をしていると、珍しく娘から LINE がきた。

普段から険悪というほどではないが、お互い『我が道を行く』タイプでもあり娘が大学生になってからは会話はめっきり減っていた。たまに LINE がくれば「大学の関係で海外にいくんだけれど先立つものが…」とか「さすがにスマホが古くなりすぎて新調したいんだけれど先立つものが…」という類のものばかりだったので少し警戒して内容を確認すると、意外な内容が。

 

今でも失われていない我々の共通属性として『猫好き』がある。例えば娘は中学時代の体育祭、各自思いを込めた漢字一文字を背中に記したハッピを作成した際、『絆』とか『龍』とか『翔』などに混じって全校でただ一人堂々と『猫』を背負った兵である。かくいう私も仕事とはまったく無関係のねこ検定中級という謎資格の保有者である。

そんな我々なので、野良とはいえ仔猫の誕生は決して悪いニュースではないはずだったのだが、そこで事件は起きた。

我が家ではぎゅーちー(仮名)という豆柴を飼っている。本名は違うのだが、私は日頃からぎゅーちーと呼んでいるのでここではぎゅーちーで統一させていただく。

このぎゅーちー、決して頭は悪くないのだがやや凶暴であり番犬属性が高めでよく吠える。娘が猫たちに気付かず庭で犬を放してしまった際、この猫たちを見つけたぎゅーちーが激しく吠え立ててしまったのだ。ただでさえ警戒心が強い野良猫である。出産直後となればなおさらだ。ぎゅーちーの行動は、とても残念な結果を招いてしまった…

なんと母猫が二匹の仔猫を残し、移動してしまったのだ! 何匹かの仔猫は一緒に連れて行ったようだが、この二匹を連れに戻る気配がない。人が手を出してしまうと母猫が警戒して二度と戻らないであろうことは理解していたので、状況を聞いて一度帰宅した私と娘は相談の末、この子達の運にかけて残酷なようだが放置することにする。

…しかし悪いことに雨が降ってきた。天気予報によるとこれから明日までずっと激しい雨が降るらしい。まだ臍の緒がついている状態の仔猫たちである。この雨の中、夜を越すことはないだろう。

 

安易に自然界の摂理に手を出すべきではないし、自己満足のために保護することが良いとも思えない。豆柴がいる以上、家で飼うことはさすがにできないだろう。そもそも生まれた仔猫の多くは大人になる前に命を落とすのが常なのだ。

そんなことはわかっている。もちろんわかっているのだが、徐々に激しさを増す雨の中、リビングのソファに座る我々の耳に仔猫たちの悲痛な叫びが届く。

母猫が保護したなら鳴き声は止むはずだ。我々にも責任があるとはいえ、仕方のない範疇の事故だったとも言えなくもない。

娘はバイトに、私は仕事に戻るため家を後にすればおそらくそれで事は済む。帰ったときにはもう鳴き声は消えているだろう。

しかし、だんだんか細くなっていく鳴き声を聞きながらどうしても席を立つことができない。

手を出せば最後まで責任を持たなければならない。それは決して容易なことではないだろう。しかし…

結局、我々は雨に濡れる二匹を見捨てることができなかった。これは決して善行ではないだろう。かといって欺瞞に満ちた愚行だとも思っていない。強いて言えばただ我々はこうして出会う運命だったのだ。

とりあえずはこの二匹の未来に幸あれと願いたい。