前回の記事で、昔の私の子供の頃の話で誤って知らずに削除してしまった内容が

ありました。

小学1のとき、白帽子(白組)だったのに

小学2で赤帽子(赤組)に私は決まってしまい

体育の時間、赤帽子(赤組)になりたくなくてみんなの前で泣く。

白帽子が良かったから。

 

前回の記事の詩篇45章「愛の歌」(王の結婚式の歌)を、

関根正雄さん訳で見て見ると、

44章とあり隣に()つきで詩編45章になっていました。

詩編9と10章を、普通の聖書ではひとつにまとめて9章としているようで、

そこでずれてしまっているようです。

英文の聖書も9と10章をひとつにしているようです。

詩編44が正式なら、主の数字でもある44が「愛の歌」(王の結婚式の歌)となります!!

 

となると、詩編67章は正式には詩編66章となるということになります。

 

 

10/3金曜日

確実に起きていた。

目を閉じていただけ

文字が見えた。

 

「悔いさしての祈り」

 

と私は読んだけど

「悔い改めの祈り」という文字かも知れない。

他にも文字が見えたがわからなかった。

 

これは夢だと思うが、

数字がはっきり見えた。

はっきり見えすぎてドキッとしたくらい。

しばらくその数字を見せてくれていた。

 

 

以下の画像のように、デジタル数字になっていた。

 

はっきり見えた数字は

0711

これがずっとはっきり見えてドキッとしたくらいに。

 

その次が

0111

01…

というような、2進数のようなこの数字の並びも正しくないです。

このようなイメージ。

 

 

過去記事でどこかに書いたと思うけど、

711という数字は何かありそう。

7+11で18なんだけど。

セブンイレブンいい気分でもある。

 

 

今年の7/11のファブリーズアクセスも主の祝福をたくさんもらいました。

***

 

7/11主の祝福アクセス。エジプト神話のアメン・ラーの事。アーメンからイエス・キリストに辿り着く

 

 

 

 

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****

 

 

 

 

あとは、伏見稲荷大社のことだろうか。

ご鎮座は和銅4年(711)とありました。

 

 

 

以下の過去記事に書きましたが、

詩編117は一番短い詩編なのではと思うくらい短いです。

 

***転載ここから

 

詩編117と私の生まれ育った土地と神社と子供心に神様は純粋な願い事しかきいてくださらないのだ

 

 

7月11日の数字を見ていたら

封印を解いた詩編の数字に近い事を思い出しました。

 

なので、以下に詩編117章を記します。

 

 

詩編117

 

すべての国よ、主を賛美せよ。

すべての民よ、主をほめたたえよ。

主の慈しみとまことはとこしえに

わたしたちを超えて力強い。

ハレルヤ。

 

 

詩編117章は、詩編の中で一番短いのでは?と思うくらいの短さです。

 

 

****転載ここまで

 

 

 

昨日は、

「夫の力をかりて」

という文字を見ました。

その文字をみたとき、夢か起きていたのか忘れました。

 

 

 

 

以下過去記事の続きの、出雲ひとり旅行記最終章を書きたいと思います。

 

念願の出雲ひとり旅行記⑤須佐神社を参拝。スサノオは母、妻、娘(姉も)を愛していた。詩編いろいろ

 

 

 

須佐神社へ行ってた時、

博物館で売っていたネックレスが欲しい買ってくればよかったって後悔しました。

また博物館に行くなんて時間もなくて駅に売ってたらいいなと思っていました。

 

須佐神社から出雲市駅に着いて、

一時間遅らせてPM3:30ぐらい発の急行列車がありましたので

その時間の切符を買いました。

この時間が最寄りの駅まで電車で行ける最終の電車でした。

 

 

電車が来るまでの一時間はお土産を買う時間にしました。

お土産コーナーのところに、FMVは出雲生まれみたいな広告があって

大国主命のような姿をしたところに顔を入れて写真がとれるようなものが

ありました。写真とってきたらよかったのですが。

そうなんだぁ。わたしのPCもFMVだと思いました。

なぜFMVが出雲生まれなのかは不明。

 

 

そして駅のお土産売り場にありました!!

私が欲しかったネックレスが!!

1200円の安物ですがこれで十分です。

これを首につけて帰りました。

他にもいろんな色がありましたが緑を選びました。

博物館だともっといろんな種類のネックレスがありました。

買いそびれた人は駅で売ってます!!

 

 

 

 

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↓意味はありませんが、博物館のパンフレットと一緒に。

 

 

 

 

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そしてお土産も何個か買って、

あと15分で電車が来る時間になって、

そうだ!ずっと数時間電車に乗ってるのにお昼もまだ食べてない!!と

気づき、あたりを見回し駅の中にある「出雲そば」の

お店に入りました。

 

私は、駅にあるのだからイコール立ち食い蕎麦屋と思い込んでいて、

蕎麦は注文したら数秒で出て来ると思い込んでいたのです。

 

しかも、お腹すいたら嫌だなと思って天ぷらの蕎麦(天ぷらそば)を

注文しました。なので余計に時間がかかる。。。

 

 

なんだか遅いなぁ。

あっ来たと思ったら、あれ後ろの人まだ来てなくて

後ろの人かぁと思って

ネットでもしようかと携帯を出したとき(後ろの人が来たという事と話が前後してるかもですが)

携帯に以下の内容のような事がおこったのです!!

 

 

**過去記事ここから

 

念願の出雲ひとり旅行記①~出発から到着まで。うとうとか夢で「×」マークを見た。

 

 

 

旅行の終わりに、携帯にまた
なぞなぞのようなメッセージが表示されました。
わたしはそれに気づき、主の御業だと思い、主はずっと天でわたしがひとりで旅行しているのを
見守ってくれていた、もしくはずっとわたしと一緒に旅行してくれたのだと
それを見て思いました。
最後のメッセージで旅が締めくくられ、今回の旅行がわたしにとって本当に最高の一人旅
となりました!!
とても幸せ!!

 

***過去記事ここまで

 

 

 

長くなりましたので、メッセージについては、次の記事「出雲ひとり旅行記⑦」

書きたいと思いますm(__)m

 

 

詩編44章(聖書では45章)が愛の歌で

主の数字44でもあるので、

 

その反対の数字わたしの数字?でもある66の

詩編66章(聖書では67章)を以下に記します。

関根正雄氏訳ではタイトルが「祝福」となっています。

 

 

そのまえに以下、関根正雄氏訳では、詩編65章

聖書では詩編66章を以下に記します。

その後で詩編66章(聖書では67章)を記します。

 

偶然にもわたしは、昨日の夜

66章(聖書では詩編67章)までを新改訳の聖書を朗読し終わった後に寝ていたようで、

付箋が次の章に貼ってありました。

偶然なのか必然なのかシンクロしました。

 

 

 

詩編65章1-20節(聖書66章)
関根正雄氏訳

 

 

 

 

祈りを聞かれる神

 

 

聖歌隊の指揮者に、うた、歌。
全地よ、ヤハウェに向かって喜び歌え、

 

そのみ名の栄光を歌い、
彼にそのみ名の栄を帰せよ。

 

ヤハウェに向かって言え、
「あなたのみ業はいかに恐るべきかな。
大いなるみ力の故にあなたの敵はあなたに服し、

 

全地はあなたを拝し、あなたに向かって歌い
み名をほめ歌う」と。

 

来て、ヤハウェの妙なる業を見よ、
人の子らの上にその為し給う所の恐ろしさよ。

 

彼は海を変えて渇いた所とし
人々は流れを徒で渡った。
その所でわれらは彼を喜んだ。

 

彼はみ力をもって永遠に治め、
その眼は諸国民の上に注がれている。
逆らう者は身を起こすことが出来ない。

 

諸国の民よ、われらの神をたたえ、
その賛美の声をひびかせよ。

 

彼はわれらの魂を生かし
われらの足の躓く(つまづく)ことを許さない。

 

ヤハウェよ、げにあなたはわれらを験し(ためし)
銀を練りきよめるようにわれらを練られた。

 

あなたはわれらを苦境におとし入れ
われらの腰に堪えがたい苦痛を与え

 

われらの頭上に人々を過ぎゆかせた。
われらは火の中、水の中を通った。
しかしあなたはわれらを救ってわれらを自由にした。

 

わたしは燔祭をもってあなたの家に入り、
わが誓願をあなたに果たそう。

 

その誓願はわが悩みのときに
唇を開いてわが口が約束したもの。

 

わたしは肥えた獣の燔祭と
雄羊の犠牲の香りをあなたに齎らし(もたらし)、
雄牛と雌山羊をあなたに献げる。

 

いざ聞け、神を畏れるすべての者よ、
わたしは彼がわが魂になさったことを語ろう。

 

わが口は彼に呼ばわり
わが舌は彼をあがめる。

 

もしわが心に不法があれば
主はわたしに聞き給わない。

 

しかしヤハウェは聞き
わが願いの声に耳を傾けられた。

 

ヤハウェはほむべきかな、
彼はわが祈りを却けず
その恵みをわたしに残された。

 

 

 

以下、関根正雄氏訳では、詩編66章

聖書では詩編67章を以下に記します。

 

 

 

 

詩編66章1-8(67章)

 

 

祝福

 

聖歌隊の指揮者に、琴とともに、歌、うた。

 

ヤハウェよ、われらを恵み、われらを祝し給え。
み顔を照し、われらの所に来て下さい。

 

地にあって人があなたの力を知り
すべての民族があなたの救いを知るためです。

 

もろもろの民は、ヤハウェよ、あなたをほめ
もろもろの民はこぞってあなたをほめるでしょう。

 

もろもろの国民は喜び歌うでしょう、
あなたが民らを正しく審き
地にある国民らを導かれるからです。

 

もろもろの民は、ヤハウェよ、あなたをほめ
もろもろの民はこぞってあなたをほめるでしょう。

 

地はその実りを与え、
われらの神、ヤハウェはわれらを祝されるように。

 

ヤハウェよ、われらを祝し給え。
そうすれば地のすべての果てまでも
ヤハウェを畏れるでしょう。
(もろもろの民は、ヤハウェよ、あなたをほめ
もろもろの民は、こぞってあなたをほめるでしょう。)