「…………ふぁんっ」
ちゅっと小さく耳に届くくちづけの音と共にキョーコの背中をぞくりと震わせた未知の感覚。
キョーコの唇から思わずに零れ落ちた高く艶のある、快楽に喘ぐ嬌声。
ぷちり……とそんな微かな音がしたような気がした次の瞬間、キョーコは目に眩しい光と耳をつんざく大きな音に咄嗟に瞼をぎゅっと閉じて頭を抱える。身を竦めるキョーコの肩を引き寄せるあたたかな腕。
足もとから響く衝撃と大気を震わせるような凄まじい力の渦。
それはほんの短な時間。
パラ……パラ……と、砂の落ちるような音を残して再び静寂を取り戻した様子にキョーコは恐る恐るに瞼を開け、そして驚愕にまんまると見開いた。
何がどうなったのかキョーコにはさっぱりと解らないが、天井と壁の一部が抉られたかのように大穴を開け薄っすらと暗い灰色の空が見え、床のあちこちに砕かれた調度品や家具だったものらしき残骸が散らばっている。
グルゥゥゥと、低い唸り声を上げ毛並みを震わせ牙を中空へと剥くカインと呼ばれていた黒い魔犬。
キョーコは自分を護るように抱き寄せているレンの黒い瞳のあまりの鋭さに、ひゅっと喉を震わせて息を飲んだ。
そんな魔犬と凄腕の魔術師の露わなまでに強くはっきりとした敵愾心を向けられた先
「あーぁ、俺の屋敷が……。嫉妬深い男は嫌われるよ?」
凄腕魔術師からの攻撃に晒されたとは思えぬ程に狼狽える素ぶりさえなく、飄々と揶揄うかのように楽しげにそう口にしている男。
後ろへと流し付けられた濃茶色の髪と焔のような赤が揺らめく悪戯な猫のような瞳。
小さな金の蛇のタイピンを付けた灰白色のアスコットタイやクラシコスタイルの黒いスーツにはチリや汚れや乱れのひとつもなく、キョーコのように羽で飛ぶでもなく当たり前のように宙に優雅に腰かけるように浮かんでいる男は、レンの腕の中のキョーコへと覗き込むような視線を流すと言ったのだ。
「助けてあげたのにね?」
キョーコへと同意を求めるかのように。
その視線を追うかのように自らを見下ろしたキョーコはやっと気付く、自分の身体に起きた変化に。
 
 
 
 
 
 
距離を取りもうキョーコには触れないとでも示すように両手を軽く上げてみせる男に、ひとまずは激しい悋気な怒りを抑え一触即発な臨戦態勢を解いた魔術師と魔犬。
キョーコのざんばらとバラついていた短な栗色の髪が、つやりとハリを乗せ綺麗にふわりと肩に乗る程に伸び、黒いコウモリの羽と尻尾や白い肌もピンク色の愛らしい唇にも心持ち何時もよりも艶があるように見えた。
何よりもキョーコを驚かせたのは…………幼馴染みなインキュバスに貶される度に悲しくなっていたつるぺたーんと真っ平らに近かった胸が、ふにゃりとまだ手のひらに収まるほどとはいえ柔らかな膨らみを見せていたのだ。
そして、軽く思えるキョーコの細い身体に満たされた力。
不思議そうにきょときょとと、男から頬にくちづけられた事で起きた自分の身体の変化を確かめていたキョーコへと
「俺からの祝福みたいなものだよ。」
悠々と中空へと長い脚を組み腰かけるように浮かんだままの男がそう教えるように告げた。
「…………アスモデウス様」
夢魔としての本能でキョーコが悟る彼の名。
「剣の王」「暴虐の主」にして、不貞なる者どもの支配者。淫らなる者、7つの大罪の『色欲』を司る古からの魔王の一柱。
そして、人間のように腹から生まれ出る訳ではないが……全ての夢魔たちを束ねる始祖ともいえる父にして母なる者。
堅苦しいから親しい者たちにはキジマと、そしてベッドを一緒にする子にはヒデヒトと呼んでもらっているのだと、軽薄な色気たっぷりのウィンクを飛ばしながら答えてみせる魔界でも指折りの権力者。
「それにしても酷い男だ。俺の娘をこんなにもぼろぼろでスカッスカにさせるだなんてね。」
にんやりと薄く笑うと、キョーコを腕の中から離さないままでいるレンへと歌うかのように楽しげに、それでいて苛むように続けたのだった。
 
 
 
 
「可哀想に。『ごはん』になるどころか…………あのままではその子、長くなかっただろうに。」
 
 
 
 
 
哀れむように告げられた不吉なるキョーコの未来の予想。
ぼんやりと受け止めたキョーコと、過敏なまでにビクリッと大きな震えを見せる魔術師。
「殺す気だったのかい?俺の娘を」
追い詰めるようなキジマの言葉に
「違うっ!!違う…………俺は」
強く返される否定と躊躇いの後に絞り出された懺悔のような苦悩に満ちた低い声。
レンの所為で命さえ危ぶまれるかもしれないというのに、何故か縋るように自分を抱き締めている男を責める気にはならずに……
気付くとキョーコは、首すじに顔を埋めているレンの黒髪をそろりと撫でていたのだった。
 
 
 
 
 
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キョコバスちゃんのパパさんは貴島くんでしたとさー。パパってよりも直系な眷属って感じですが……
いやぁ、ほとんど頬ちょーしかしてないのに、貴島さんっぽいとかみたいとかって正解な方がいっぱいいらして嬉しかったですの。
( ´艸`)
 

 
あ、別に猫木は悪魔系に詳しくないので……アスモデウスさんの説明は可笑しいかもしれないっす。
_(:3」z)_
 
 
 
次回、キョコバスちゃんに食べてもらうには?蓮くんを待ち受ける試練。
 
 
 
↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 


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