『マリアちゃんからのifの話。』



それはある日のお茶会での出来事。
テーブルには香り高い紅茶たっぷりなポット。ワイルドベリーの描かれた揃いのカップ&ソーサーは、もちろん人数分がテーブルクロスの上にセッティングされていて。
褐色の肌色をした特技オールマイティの無表情な家人が作り上げたスィーツの数々が三段のケーキスタンドに収まりきらずにテーブルの上を埋め尽くしている。
お茶会の準備は万端。あとは……そう、愉快に話に花を咲かすだけである。



『ひどいですわっ!わたくしだけ除け者にするだなんてっ!!』
大きな瞳にたっぷりと涙を浮かべて、マリアが転がり込むかのような勢いでもってそう訴えてきたのは、ヒズリの皇帝の婚姻によるお祭りムードもようやく収まって来た頃のことであった。
『せっかくのお姉様のはじめての『女子会』なのにどうしてわたくしは招いてくださいませんでしたの?』
まだ幼いふくふくした頬を愛らしく膨らませたマリア。……いや、実はキョーコのマリッジブルー疑惑の真相を聞き出す為の尋問会だったともいえず。仕切り直しにとマリアがキョーコとカナエたち侍女とウッズを招いて開くこととした乙女たちのお茶会だったのだけれど。
そこへ愛しい新妻とほんの少したりとも離れていたくないらしき頭に花の咲いた新婚男が、除け者はよくない。と、いけしゃあしゃあとそう述べてヤシロまで伴って参加を申し込んだゆえに『女子会』の名目さえ消え果ててしまっていたのだが、等のマリアは大好きなキョーコにクオンまで一緒なのだと嬉しそうなので、最早誰が意見など挟めようものか…………
そんなマリアのお茶会にて、弾む話題もそろそろと落ち着いてほのぼのとお茶とお菓子を楽しんでいるところへとマリアが言ったのだ。
「ねぇ、クオン様。もし……もしもの話ですのよ?もし、お姉様がふつうにヒズリへとお嫁入りしてクオン様へ『毒』を盛っていたら……どうなさるおつもりでしたの?」
目に入れても痛くない。まさにそんな溺愛っぷりを発揮してのけているクオン。
花嫁にと望んだキョーコに『毒』を盛られてしまっていたのなら……どうしていたのかと。
クオンを拒む『死にたがり』の髪姿をせずに髪を降ろしていたら、ある意味イチコロ楽勝で毒を盛れてしまっていただろうに。
「んー。愛しいキョーコからの贈り物だからね、例えどんな『毒』だろうとそのまま食べただろうね……」
優雅にカップを傾けた皇帝はなんて事ないかのようにそう言ってのける。隣に座るキョーコが顔色を変えて何か言葉を口にしかけるが、それが声となるのを遮るように
「まぁ!!それでお姉様を皇帝毒殺の罪でもってクオン様しか入れない秘密の隔離塔の牢に鎖で繋ぐのですわね!それで、夜な夜な通っては、お姉様に身体で償えと……本で読みましたわ!!」
きゃぁ!と興奮気味にに語る少女と、マリアちゃん!なんて本読んでるの!?破廉恥よ!!と真っ赤な顔で叫ぶ皇妃。
「俺がキョーコを鎖で繋ぐなんて酷い事する筈ないじゃないか。」
にっこりと、春の陽射しかのように微笑んでクオンはそう答えるのだけど……どうだか、そんなシチュエーションも燃えるよね?とか思ってそう……そんな白い目を姫に付きの侍女2人に投げられてしまっている。
「俺なら……そうだな。全力で演技して寝込んでみせるよ。キョーコは優しいから、きっと看病してくれるだろ?弱ったふりしてつけ込んで……寝台に引き摺り込んで俺以外の男とこになんてお嫁に行けないようしてやるね。」
まだ幼いマリアが同席しているからある程度に言葉を濁したのかと思いきや、爽やかな笑顔のままで
「式までに子どもが出来るとまずいとはいえ、ヤりようは……まぁ、いろいろと、ね?」
などと、キョーコへとこてんと可愛らしく小首なと傾げながら堂々と付け足してみせる男。
陛下の破廉恥ー!!と真っ赤な顔の姫の唇から高らかに響く悲鳴と、そんなキョーコにも鼻の下を伸ばすかのような皇帝。
呆れたように頬杖をついたマリア。それでも、楽しげにそんなふたりを見つめながらこぼす。




「結局、どんな『もしも』があったとしても……クオン様はお姉様を捕まえてらしたって事ですのね。」




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キョコさんが素直に松くんに言われるがままにクオンさんに毒を盛っていたら…………そんな話。
もし、そんな流れだったら話が纏まるのはずっとはやかったかもしれない。キョーコちゃんの純潔は無事ではすみそうもないけれど……
_(:3」z)_


はて、次は彼の国のひとびとな話。


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『棺を開けるは、小さき手。』



密閉されて湿った冷たい空気。螺旋状の石造りの階段を一歩、また一歩と下って行く。
辿り着いた先には小さな小さな暗い部屋。
ぽつんとひとつだけ置かれているのは黒い色をした船型の棺桶。
少し重たい蓋を上げると、ギィィィィと不気味に軋む音が地下室に鳴り響く。
「…………俺の眠りを妨げる者は、誰だ?」
中にいたのは、律儀なことに死体袋まできっちりと着用して睡眠を取っていた男。棺桶を模した寝台をわざわざと使う変わり者。
「おはよ、れの!」
にぱっと、満面の笑みを浮かべた男の子は、棺桶の中にそう嬉しそうに呼びかけたのだった。



「あら、殿下ったら、また叔父様の所へ行ってらしたの?」
寝起きの不機嫌な顔のレイノに小脇に掴むように抱えられた男の子へ、この国の国母となった姫はそう言った。
ちょうど良い。コレを返しに来たのだから。そう思ったレイノは小脇に持った暖かな生き物をひょいっと投げ渡した。
「だーっ!!投げんな!俺の息子だぞ!?」
ナイスキャッチとばかりに息子を受け止めたアカトキの王はそう怒鳴る。が、投げ捨てられた男の子の方に至ってはキャイキャイと楽しそうに、まるでもう一度投げてとばかりにレイノへと手を伸ばしている。
「殿下は本当に叔父様がお好きなのねー?」
のほほんと、男の子の母親であるミモリも笑っている。隣で夫のショーがガシガシと苛立たしげに髪をかき乱しているにも関わらずだ。
こんなじゃなかった……昔はもっと、俺に気を使ってくれて俺が一番!って感じだったのに。
盲目的にショーを慕っていたミモリ姫。いや、今も慕ってはいるのだが……
「レイノも、いい加減にナノクラ領に帰れよ!!」
ミモリひとりならばいい。脳みその溶けるくらいやらしいチューのひとつで誤魔化せるから……
問題はレイノだ。『ショーのスカした顔を歪ませたい』本当にただそれだけが目的であったらしきレイノは、ショーを玉座から引きずり下ろしはしなかった。……玉座なんて面倒なものに座る気はさらさらにないからだ。
適当にちょっかいかけては足を引っ張り、そして面倒事を押し付けてゆく。
ショーだって、他の貴族どもの目をかいくぐりレイノを権力から排斥してやろうとした……したのだが、悉くレイノとミクロの方が一枚上手で、ショーの前に余計な仕事だけが山積みとなり、そして気付いた時には、レイノをけしかければ遊んでばかりの王がまじめに執務をこなすと、レイノが宰輔にまで祭り上げられていた。
宰輔とは、本来ならば王の片腕たる懐刀……の筈が、まったくもってショーのためになぞ働かない。それどころか、ミクロと組んで隙あらばショーの懐から材を搾り取ってゆくのだ。
本当なら……玉座でふんぞり返るだけで遊んで暮らし、美女の山を後宮に囲うのがショーの未来予想図であったのに…………
現実は仕事の山にイヤミな男。尻に敷かれたつもりもないのに……後宮にいるのは美女ではあるのだけど、ミモリを迎える前に娶った妻たちがほんの片手ほどの数。
こんな筈じゃないのにっ!!と、イライラを積もらせて地団駄を踏む王など知らぬ気に
「今あの塔の地下に出る、120年ほど前に拷問で死んだ王妃を口説いてるところだから断る。」
ゾッとするようなことをさらっと吐くレイノ。
そんなレイノに何故か懐きまくる男の子。
自分を見上げてくる琥珀色の瞳に、遠く離れた異国で出逢った『死にたがり姫』の惹きつけられるような瞳を思い出すレイノ。
「ミモリ、次は姫を産め。」
どうせ懐かれるなら女がいいとそう言い切ってみせるレイノと、まぁっと頬に手を当てながらもまんざらでもない期待の浮かんだ視線でショーを見るミモリ姫。
地味でつまらない女だと思っていた腹違いの妹姫……なのに、未だにどこか胸を掴まれたような妙な気持ちをさせやがるあの男の花嫁。
もし……万が一だ。ミモリだとてキョーコとは腹違いなのだから……キョーコの面影を感じるような姫が産まれたとしたら?息子と同じくこの気にくわない男に懐いたら?………………
「ぜってーに、許さんっ!!」




何をどう脳裏に思い描いたのやら、アカトキの王のそんな怒声が響いたとか。





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アカトキもなんとはなしに、それなりに平和だったりします。松くんは不満いっぱいですけど。
(・∀・)


お次、小話ラスト。


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『死にたがりだった娘とピコの木。』



心地よい陽射しが降りそそぎ、さやさやと緑が葉を鳴らすなだらかな丘。その頂上近く、広げられた柔らかな布の上にキョーコは座って本を読んでいた。
やわからな風が、背中へと揺蕩わせたキョーコの長い黒髪をくすぐって揺らす。
さくりと軽く草を踏む音にキョーコが顔を上げると、キョーコへと向かい手を振り丘をかけてくる夫の姿が見えた。
『死にたがり』そう呼ばれていた娘は、ほにゃりと実に愛らしく幸せそうに微笑んだのだった。



「キョーコ、外にいて大丈夫なの?」
心配そうにそう尋ねてくるクオンに、風が気持ち良いから大丈夫だと答えるキョーコ。
ここは、ヒズリの皇都より北のツルガの地。気候が良く過ごし易いこの地は代々の皇帝直轄地。
皇帝として領地を巡る巡視の後、少し時間をとってツルガの離宮でのんびりしようと、この地で待ち合わせをしていたのだ。
キョーコが少し体調を崩し気味だと皇都からの早文で知らされていたクオンは心配そうに、愛しい姫の身体を後ろから抱き締める。
「……この木も大きくなりましたね。」
あたたかなクオンの胸な背中を預け、キョーコはそう言った。
ふたりの傍ら、キョーコの視線の先には、まだ背の低い若木。クオンがキョーコとの正式なる婚礼を迎えた年に、新たに苗木をこの地へと植樹した『ピコ』の木だ。
遠くに見える山々の合間に広がる小麦畑。この丘からは、キョーコの祖国アカトキの国を臨む事が出来たのだ。
一番良くあの黄金色の小麦畑広がるモガミ領が見降ろせる丘に、キョーコの母親の鎮魂と……キョーコが母を偲ぶ事が出来るようにと。
「ここは城よりもアカトキに近いからね。きっと、庭園のピコの木より年数かからずに実を付けてくれそうだよ?」
艶やかな黒髪に指を遊ばせながらクオンがそう告げると
「そうですか……なら、気を付けないとですね。」
と、キョーコは不思議な事をこぼす。
疑問符を浮かべたクオンへ、だってピコの実は美味しそうに見えて『毒』だから気を付けてあげないと……と、答えた姫。
ゆるりと自分のおなかの上へとクオンの手を乗せると続けてたのだ。




「この子が歩く頃には……実をつけるでしょうからね。」




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キョコ母のお墓はアカトキの王家にあるけど、偲ぶ意味でせめてモガミが見える場所にもう一本のピコの木を……ってしてたクオンさんとご懐妊報告のキョコ姫。そんな幸せそうな話が書きたかっただけでありまする。
(●´ω`●)



次回、毒喰らいラストなお話。エピローグ。



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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