すっと、眼を見まごうかのように美しくなった姫は白く細いその左の手をあげると、アカトキより『毒喰らい』の花嫁としておくられてきた日より一時たりとてその肌から離すことのなかった『死にたがり姫』を飾る唯一の装飾品である金の腕輪を手首より抜き取ってみせたのだ。
腹違いの兄より贈られた、金の花を模した腕輪を……兄王へと返すのだと。





黄金で象られた小さな蕾を綻ばせた花。
その花が孕んだ悪意……東の国より密かにショーの手元へと取り寄せた、厳冬の景色を染め上げるかのような白き色をした甘露なる粉薬。其れを、未だに外へた散らずに花の内に含んだままでいると雄弁に語るかのような金色の花をつけた腕輪。
それ、即ち……ヒズリの皇帝へ『毒』を盛れというショーの命をキョーコが成していない証。
そして、キョーコが兄王であるショーではなくクオンと生きるを選んだということ。
「ッ……キョーコ、お前っ」
ショーにとっては絶対に傅かれるべき家臣であるレイノとミクロの分かりやすくも無礼な態度、そして彼らを今すぐにも断罪出来ぬ苛立ち。
思い通りにならないと癇癪を起こす幼児のように、ショーは行き場のないむしゃくしゃと憤る憤懣をぶつけるべく、裏切り者としてキョーコの名前を口にした。
なのに、ショーの予測を裏切ってショーを射るかのような紅茶色の瞳には微塵も揺らぎさえ見つけられないまま……
思うがままに成らぬキョーコへと怒りを募らせたショーが再び怒声を発そうと息を吸い込んだ時だった。
くすりと、この部屋の主人たる皇帝は怪奇なその黒色の仮面の下に覗く唇に笑みを乗せてみせたのだ。
「誤解していただいては困るな、兄上よ。…………貴兄へと返すは『花』だけだ。」
歌うかのように、麗しげにそう口にしたクオンは手の中にあるゴブレットを掲げてみせる。卓の横に控えていた皇国の懐刀と呼ばれる男が深い碧色のガラスボトルから皇帝のゴブレットへと恭しく酒を満たす。
ヤシロの手により西の果ての酒を満たされた黒のゴブレットは、クオンの手の中にあるそのまま流れるかのようにキョーコの前へと差し伸べられた。
パキンッ……と、そう軽やかなで高い金音が鳴り響く。キョーコの指が金色の蕾の花びらの一部を捻ったのだ。
一度きり、花を咲かせれば中の仕組み金具が折れ、二度と閉じることのない設えとなっている腕輪の金の花が咲き開く。
花の中に含まれいたのは、ほんの小匙一杯にも満たぬ……だが、充分に強い殺意を持ったましろの粉薬。
キョーコの手により、ヒズリの皇帝の杯へと落とされてゆく『毒薬』。
「兄上よりのギフトは、しかと頂こう。けれど、我が花嫁を俺以外から贈られた『花』が飾るのも許せないゆえに。」
キョーコを彩るものは自分からの贈り物だけで良いのだと、キョーコへの深い執着をそう言い切ってみせたクオン。
そんな言葉の合間にもさらりと、見る間に酒の中へと溶けてゆく白い毒薬。満たされたゴブレットを、まるで祝杯かのように軽く掲げると…………
その全てを、一滴と残さずに飲み干したのだ。
カツリと、含む液体の無くなったゴブレットがテーブルへと置かれる軽い音。
孕んだショーの悪意のなくなった金色の『花』がキョーコの手により、目を見開いたまま硬直したアカトキの王の前へと差し出される。
すり替えるなど不可能な筈のキョーコへと与えた毒を孕んだ金の腕輪。違いようもなく、その中身を飲み干してみせた仮面の男は顔色ひとつ変える事さえないまま。
あり得ぬ事態に目を見開くショーの手の上へと、キョーコの手から役目を無くした金の腕輪がそっと落とすかのように返すされた。
ずしりと重く冷たく思える金の腕輪に、企みの失敗を突き付けられたかのようにショーはテーブルの上へと泳ぐように視線を逃す。
そこで、やっとショーは気付く。目の前に置かれた曇りひとつさえなく純銀の煌めくゴブレットと……皇帝の手にある悪趣味なまでに隙間なく黒色をしたゴブレットのデザインが全く同じものであると。
同シリーズとして誂えられたのだろう、銀細工のゴブレット。元は銀色であったそれが漆黒の色に近いまでに変色するに至るまでに……どれほどの数と量の『毒』を盛られ続けたのであろうか。最早、黒の色をした其れは毒を知らせるものなどではあり得ないぬ銀器。
其れを当たり前のように手にし、口を付けている男。
だが、そんな男よりもショーの恐れを誘いなのに瞳と心を奪われたかのように恐ろしいのに目を離せぬ者が居た。
仮面の皇帝の隣、夫となる男の杯へと『毒』を盛ってみせた姫が微笑んでいたのだ、恍惚と……美しいがまでに。
こんな女……ショーは知らない。幼きより共に育った筈の腹違いの妹。なのに、肝の底から冷えるかのようなこんな笑みを浮かべるキョーコをショーは知らない。
カタカタと、気が付けば小さく震えていたアカトキの王の手。
誰よりも自尊心の高い男に、認める事など出来ようものか。
今、ここにある自認する訳にいなぬ恐れも、四方を高い壁に塞がれたかのような屈辱感も、ショーの思うがままに動かねばならぬ筈の、末の姫であるキョーコの見せる思いもよらぬ反抗による怒りとが綯い交ぜにショーの胸のうちに渦巻く。
「…………キョーコ、貴様…」
ショーが今までに感じた事のなかった苦々しい敗北感、その元凶を総てを末の姫の所為だとしたショーは低く唸り咎めるようにキョーコの名前を口にする。
ショーの便利な道具であるしか価値のない筈の身分の末の見窄らしい姫へと、怒りのままに怒声を浴びせようとショーは息を吸うのだが……
「アカトキの王よ、間違えてもらっては、困る。我が花嫁は皇帝たるわたしの隣に立つ姫だ。…………訂正してもらおうか?」
広大なる皇国を統治し君臨する者としてのクオンの威厳と厳命の色を含んだ低い低い声が遮った。
黒の仮面から強い翠色をした瞳が射抜くかのようにショーを見る。
クオンは今まで呼んでいた『兄上』ではなく、『アカトキの王』とショーを呼んだ。
それ即ち、ショーが要求を違えればアカトキの国そのものさえ滅ぼしかねないのだと語るかのように。
アカトキはヒズリの属国ではないが、国力の差は歴然。クオンとショーの王としての力、どちかが上かなどはじめから分かりきったこと。
そして、クオンは宣言してみせたのだ。クオンの隣、ショーの上へとキョーコは立つのだと。
首筋にピタリと鋭利な刃を当てられているかのように思え、ショーの背中に嫌な汗が滲む。
血が滲むかと思う程に強く唇を噛んだのちに……アカトキの王は喉から絞り出すかのような微かな声で、けれど確かに声として答えたのだ。





「………………キョーコ…様」






手の中の金の花を模した腕輪を震える程にきつく握り、自らの敗北を認めるかのように。







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深く考えずに勢いでなんとなく流し読んでもらいたいが故にな、連日あっぷ。
_:(´ཀ`」 ∠):←自分が盛り込んだてきとー設定もりもりに首を絞められてきたりしてたり。



割りと最初っから追い詰められた松くんへのとどめ的に、クオンくんが花嫁の呼び捨ての訂正を求めるってのは決めてたんですけど…………
キョーコ姫と呼ばせるか、キョーコ様にするかギリギリまで悩みましたとさ。
悪役ど真ん中をゆくこの話の松くんの鼻っ柱叩き折るおつもりなら……姫より様かなぁ?と。
_(:3」z)_
んで、毒を飲んでみせちゃったけど今んとこケロッとなさってる皇帝はどうなるのやら?




次回、ヤッシーによるネタばらし☆
(どうなるのか先行き不明なのーぷらん。)



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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